父と息子の物語り 〜「小曲集」より


僕は一度もあなたの心を動かそうとはしなかった。
愛を乞い願ったこともなかった。
ただあなたの息のかかるところで、静かな生を営みたかった

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ーお母さん。
ーお母さん。
=・・・・・・・・・・。

どうして返事をしてくれないの。僕はここに来てるんだヨ。お母さん、お願いだ、返事をしてください。

息子よ、私だ、お父さんだ。今、お母さんはネ、病魔と闘っているのだョ。

でも、でも、僕は淋しいんだ。お母さんの声が聞きたいんだ。お父さん、お願いです。会わせてください

ねぇ息子よ、どうか聞き分けの良い子になっておくれ。今、お母さんは誰とも会えないのだョ。

嫌だ、嫌です。僕はお母さんとお話したいんだ。

息子よ、お父さんを悲しませないでおくれ。息子よ、お母さんに会って一体どうするんだい。会ったとこ ろで、お前は今より一層悲しむだけだよ。お母さんの苦しんでいる姿しか見られないのだよ。昔の、あのニコニコと微笑んでくれるお母さんじゃないんだよ。話はできないんだ。お母さんはネ、今病魔と闘っているんだよ。

僕も一緒に闘うよ。お母さん一人じゃ可哀想だょ。僕はその悪魔のスネに、かみついてやるよ。お願いだョ、お父さん、会わせてよ。お話をさせてよ。

だめなんだよ。お父さんだってお母さんに会いたいんだ。話がしたい。できることなら助けてもやりたい。でもネ、だめなんだ。 わかっておくれ、良い子だから。

お父さん、僕は知りたいんです、お母さんの本当の姿を。

な、何を言い出すんだ、急に。

お父さん。どうして僕は、僕だけはあえないのですか?僕は生まれて今まで、お母さんを見たことがないんです。

何を言うんだ。お前のお母さんは、いつもお前に笑いかけているじゃないか。

写真では、僕は何にもお話ができないんです。

話をする必要はないんだョ。

どうして、どうしてなの。

話をしてどうなると言うんだい。話をしたからお前の身長が伸びるというわけでもなし、きっと体重が増えるということもないだろう。

でも、でもみんな話をしてるよ。みんな、お母さん、お母さんって、抱っこしてもらってるよ。僕もそうしたいんだ。

お父さんがしてやろう。さー、来なさい。

だめなんだ。違うんだヨ、お父さん、僕は抱っこしてもらおうとは思わないんだ。唯欲しいんだ。見たいんだ。お母さんの吐息のかたわらに居たいんだ。

そうか、そんなにお母さんと話がしたいのか。お父さんはネ、お前の為にと思ってやったことなんだがネ。・・・。入りなさい。

ありがとう、お父さん。僕、うれしい。

お母さん。

おや、あんた何だい。お前だナ、私の娘をいじめるのは。

お母さん、僕だよ、僕だよ。

うるさいネ、サ、出てお行き。早く出て行くんだ。

お父さん、うわぁ!

よしよし、わかったろう。お母さんは狂人なんだ。お前は難産でネ、その余りの苦しさに可哀想に、発狂 してしまったんだ。私は、お前を会わせたくなかった。写真の中のお母さんを、本当のお母さんとしていたかった。可哀想にネ、可哀想に・・・

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 だのにあなた自身がぼくをここから追い出す。
 にがい言葉があなたの口から語られる。
 狂乱が僕の互換をのたうち廻り
 僕の心は傷つき病んだ!