はたちの(うた)という、詩から生まれた小説です。
わたしが二十歳になった時を出発点に、しています。
とは言っても、すみません、ほとんど事実ではありません。
新聞記事やら、噂話やらを、元にしています。
でも、当時の自分の思いは込めました。

 (六)十二月の二
十二月二十九日  (晴れ)

[突然のベル]
ビックリした、まったく。半日で片づいた大掃除の後、先輩と世間話をしていたところへ、けたたましく鳴り響いた電話のベル。事務所はもう閉じていたから、現場の電話に回ってきたようだ。
「仕事おさめです。誰もおりませんので、年があけてからおかけなおしください」
一気にまくしたてて、電話を切ろうとしたんだ。
ところが、「待って!」の声。チコ? と思ったけれど、まさかなあ…。きょうは、東北地方に行ってる筈だから。
だけど、チコだった。長距離電話をわざわざかけてくれた。

何度もなんども、ぼくの名前をくりかえして確認してた。「そうだよっ」て、答えたけれど、たぶん上ずった声だったんだろうな、ぼくの声が。
とつぜんの予定変更で、いますぐ来るって。到着が十時ごろになるから、駅まで迎えにきてほしいって。みじかい会話だったけれど、いつものチコらしからぬ悲しそうな声だった。
いま、九時二十分過ぎだ、そろそろ出かけなくっちゃ。


十二月三十日  (曇り)

[へっへっへえぇぇだ!]
いま、ぼくが何処にいるか、わかるかい? 長い付き合いだったけれど、いよいよきみともお別れだ。もう、きみに愚痴をこぼすこともなさそうだよ。そんな悲しい顔をするなよ。
それとも、楽になった? まだたくさんの白いページが残っているのが惜しい気もするけど、きみだって、きみの愚痴を書きたいだろうから、そのために残しておくよ。

だけど、訳もわからぬままにきみと別れたんじゃ、きみも変な気持ちだろうから、すこし説明しょうか。というより、聞いてほしいんだよ。そして、本日をもって書きおさめだ。長い間、日記くん、ご苦労さまでした。
 
昨夜、十時すこし前に駅に着いたんだ。そうしたら、改札口でひとり寒そうにふるえているチコを見つけたんだ。間に合わないと思っていた電車に、間一髪ですべりこみセーフ。それで、三十分ほど早く着いたんだって。ぼくは十時だと思って、ゆっくり出たろう。三十分も待たせちゃったよ。チコ、怒ってはいなかったけど、やっぱり不機嫌だった。でもね、すぐに機嫌をなおしてくれた。

[屋台のラーメン]
駅前の屋台で、ラーメンを食べた。それからどうしたと思う? ジャ、ジャーン! チコがね、この町にアパートを借りていたんだ。ぼくがそこに居てもいいんだって。電話を引いたから、いつでも話ができるんだ。へっへへー! だ。
でね、そのままアパートに直行。ところが、着いたとたんにチコはダウン! つかれたんだろうな、ヘナヘナと座り込んじゃった。ホント、へなへな、と。
それで、水をすぐに渡した。これじゃ、どっちがお客か、わかんないよ。

ま、いいか、ぼくの方がいつもこの部屋にいることだし。ぼくのアパートのようなものだから。そうなんだ、引っ越しておいでって、さ。それから、チコの希望通りに、ベッドに運んだ。抱き上げる力はないから、引きずるようにしてね。重いんだよ、チコ。そう言ったら、怒ったけれどね。
おいおい、変なことはしてないよ。正直、はじめての女性の部屋だろう、緊張したあ。まだ家具類はないけれど、ステレオ・テープデッキ・ギター、そしてレコードの山だ。さすが、歌手だね。そういえば、楽譜もスピーカーの上に山積みだった。だけどひどいよな、隠してるんだから。十日ぐらい前なんだって、ここに入ったのは。言ってくれれば手伝ったのに。驚かすつもりだったって、年明けに。

帰らなくちゃと思って、チコの寝顔をのぞき込んだよ。すごく感動した。だって、キレイな寝顔だったもん。それでね”サヨナラ”って、小さく声をかけた。そーっと、ドアを開けようとしたら、うしろから天使の声。
「あら、帰るの? もう遅いから、泊まっていったら?」って。
「でも……」って、逡巡したら
「あら、いいじゃないの。それとも、だれかが待っているのかなあ」だって。一瞬、おふくろの顔が浮かんだよ。あした迎えに来るだろう。それまでに帰ればいいかって、帰るのを止めたわけだ。

[ご苦労さまでした]
そうそう、チコがすごく気にしてる。いつも君を持ち歩いているだろう、だから。見たいと言われても、きみだけはチコにも見せられないいま、うしろのチコから隠すようにして書いてるんだ。ピッタリとくっついてくるチコの、ほのかなというのかな、包み込まれるような素敵な香に、体が熱くなった。
安心しろよ、見せなかったから。だけど、きょうできみともお別れだ。ながい付き合いだったけれどね。十年かな、もう。
本当にありがとう、いままで。そして、ゆっくりと休んでください。ご苦労さまでした。