はたちの(うた)という、詩から生まれた小説です。
わたしが二十歳になった時を出発点に、しています。
とは言っても、すみません、ほとんど事実ではありません。
新聞記事やら、噂話やらを、元にしています。
でも、当時の自分の思いは込めました。

 (三)八月
八月一日  (晴れ)

ぼくは、文学を愛好するひとりの青年だ。当初は、あたりまえだけど読者のひとりだった。いまは、創作する側にまわっている。もちろん、すこしは本も読んでいる。
ぼくの小説ぐるいは、小学生のときに発する。担任の先生に、作文をほめられたのがきっかけだ。先生の、「日記を書いてみなさい」というひと言からの日記はいまもつづいている。もっとも、まいにち書いたのは、小学生までだったかな? 一年と三ヶ月ぐらいだった。中学にはいってからは、飛びとびだな。

[水中見合い]
きょう、水中見合いなるものを聞いた。アクアラングを背負っての見合いらしい。当然しゃべれない。身振りてぶりでの、会話? 海底にテーブルと椅子をおいているらしい。そこにキチンと行儀よくすわってのことらしい。むずかしいだろう、それは。けれど、どんな意味があるのだろう。お遊びだろうか? 幻想的ではあるだろうが。
ああ、だめだ。もう、寝る!


八月三日  (晴れ)

だいぶ落ち着いてきた、ような気がする。が、まだわからん。
きょう、課長に叱られた。「ミスが多すぎる!」、「気のゆるみだ!」とも、言われた。ぼくだって人間です! って、言いかえす気力もない。だまってうなだれていると、「元気がない!」と、また叱られた。そうなんだ、正直のところちっとも身がはいらない。
不思議なもので、体調の良いときにはなにをやってもほめられる。すこしのミスをしても、不可抗力だと言ってもらえる。けど、いったん歯車が狂うと、なにをやってもダメ。もがけばもがくほど、深みにはまっていく。
「一体、どうしたって?」って、聞くのかい。こっちが知りたいよ。彼女に傘のことで笑われたせいじゃない。この前のデートが、休日出勤でオシャカになったせいでもない。いや、すこしはあるかも? だめだ。どうにも走馬燈のようだ。グルグルと堂々めぐりをして、いよいよ沈んでいく。

[ゲバルト]
さいきん、ゲバルト活動の新聞記事をよく見かける。かれらの主張が正しいものかどうか、ぼくにはわからん。信念にもとづいての行動は立派だ。しかし 独善的すぎる点は、ざんねんだ。現実の生活にまんぞくし得ない、血気にはやる若者が、ゲバルトという夢想的な境地のなかでもがいているように見える。けれども、打ち込めるということは、羨ましい。

一日の、あれはなんだったんだ? 文学青年だ! なんていきがってるけど。ひょっとして、ジェラシー? ゲバルト学生に嫉妬した? バカな! 


八月二十九日  (曇り)

八月も終わりの日曜日のきょう、彼女に連絡をとらなかったことが悔やまれる。おなじ会社とはいえ、ぼくは現場で、彼女は事務所。ほとんど顔をあわせない。連絡方法は、いつも彼女から。連絡メモをとどけるふりをしてのこと。最近はタイミングがわるく、いつもぼくのそばにだれか居る。内緒の付き合いだからなあ。ぼくとしては、だれに知られても構わないけれど、彼女がいやがる。やはり、年上だということを気にしているのか? それとも、ぼくなんかとの事を知られたくないのか。

[生暖かいコーラ]
ぼくのポケットの中には、千円札が二枚ある。すこし、金持ちの気分だ。チューインガムも入っていた。もちろん、口に入れた。でも、空があいにくのくもり空のせいか、かみごこちが悪い。生暖かいコーラを飲んだときの不快感だ。長くポケットに入れていたせいかも?
なんの変わり映えもしない町並み―タバコ屋・八百屋・そしてパン屋。商店街の喫茶店にでも、行こうとしていたんだ。そんなとき、うしろからぼくを呼ぶ声が……・。えっ、彼女? まさか! と半信半疑にふりむく。いぶかしげな表情だっただろうぼくの目に、たしかに彼女が見えた。ニッコリと満面に笑みをたたえて、彼女がかけよってくる。いままでの不快さもどこへやら、ぼくの顔はニヤけたと思う。

でもホンのもう少し早く出かけていたら、彼女に会えなかったかも? 喫茶店に入りこんでしまい、すれちがうことに……。「君の名は」になるところだった。危ないところだった。あの喫茶店のことは、彼女は知らないもんな。そう考えると、ゾッとするよ。でも、きょうのデートは最高に楽しかった。満足!
「智恵子抄」の映画が良かったこともあるけど、なんだか、彼女とのきょりがグッと縮まったような気がする。ピッタリとくっついて、一心同体になったような気がするんだ。だって立ち見だったんだし、すごい人だったし。押されおされて、あやうく離ればなれになりそうだったし。

そうだよ! とちゅう、ふと盗み見した彼女のほゝが濡れていたんだ。大きなつぶの涙が、音が聞こえでもするように、ツツーッとほゝを伝っていたんだ。ぼく自身が泣けそうだったから、嬉しい。
[星の女神さまのウィンク]
帰りが遅くなってしまったので、彼女を自宅まで送った。でも、なんど町内を回ったことか。話がとぎれそうになると、また新しい話題が出てくるんだ。おかげで、こんやは足のうずきで眠れそうにない。そうそう、夜空の星がまばたいて――光ったり消えたりして、まるで、星の女神さまのウィンクのようだった。

[接吻]
なんど、衝動にかられたろう。だけどいちどの衝動に負けて、サヨナラになるのは嫌だ。グッとこらえた。
接吻、あゝ!!
彼女のくちびるに触れる。柔らかいくちびる唇にそっと……。そして、薄くくちびるが開き、ふるえる歯がちいさく音を立てあう。その音に恥じらいを感じて、目を閉じたままで……・。ただ、触れ合ったままに。どうしょう、いつ離れていいものかわからない。そのまま……の状態が……。
そのうち、息苦しさに耐えきれなくなり、はじかれるように、どちらからともなく離れる。きっと、耳たぶまで真っ赤になっている彼女はかわいいさ。そしてしっかりと抱き合って、こんどは深くふかくキスをする。お互いをつよく感じ合う。
こんやは、ねむれそうにもない……