其の五

 暫くの間、遊びを中断して書くことに専念をした。月に一度の馬鹿騒ぎも止めた。これ程に集中したのは、久方ぶりだ。そう、麗子と別れて以来だ。淋しさを紛らわす、いや後ろめたさを打ち消す為に、昼夜を問わずに書き殴った頃以来だ。
 あの頃の俺は、外に出るのは弁当の買い出しだけで、他人との接触を一切断って没頭した。純愛物を書いたかと思えば、麗子との思い出を元にセックス描写たっぷり物を書いたりもした。あくまでも純愛物が主で、エロ小説はストレス解消の為だった。ふた月後、意気揚々と出版社に持ち込んだ。しかし、一社目では
「うん、良い作品ですね。しかし、ちょっと我が社では・・。」と、婉曲的に断られた。それでは、と複数の出版社に持ち込んでみたが、全てダメだった。
「何を、訴えたいの?マスターベーションだ、これじゃ。」と、辛辣な言葉を投げつける編集者もいた。それが田坂だった。
「有望な新人作家を発掘しろ!」
 編集長の檄もあり、田坂はキチンと俺の作品を読んでくれた。それまでの編集者の反応とはまるで違った。実のところは、毎日のように持ち込まれる作品に、辟易していたらしい。中には、コピーした原稿を郵送してくる豪の者も居ると、後で聞かされた。
「経験不足じゃないですか?頭の中で想像した事ばかりでしょ。女・子供相手の作品は、止めましょう。うまく行って当たったとしても、すぐに飽きられます。どうせなら、本物を目指しまょう。」
 体のいい断りだと思った俺だが、田坂は真剣だった。意気消沈する俺に、救いの手を差し伸べてくれたのだ。酒に溺れていた俺に、声をかけてくれた。予定していた作家が病気になったが、その穴埋めとして読み切りを一本書かないか、と。
「思いっきりスケベな作品にしましょう。題は『どどめ色』で、どうです?」
 怒鳴りつけたかったが、財布も底をついてきた所でもあったし、
「何でも、書きますよ。」と、飛びついてしまった。
「大人を相手にしましょう。本物を目指すんです。エロだって、いいじゃないですか!エロを極めてから、純愛物に行きましょう。泥水をすすった人間だからこそ、真水の有り難さがわかるもんですょ。今はこんな屋台での酒ですが、クラブで豪遊できるように頑張りましょう。」
 真顔で迫ってくる田坂は、少しも偉ぶるところがなかった。
「決してお情けじゃないです。才能があります、絶対です!」

 だから田坂の言葉には重みがある。俺にとっては、天の声に等しい。その田坂が、
「先生、息抜きをしましょう。勢いを感じはしますが、危ういです。」と、言ってくる。メールでの連絡で済ませる田坂が、わざわざ俺のマンションに訪ねてきた。暫くハウスキーパーのおばさんを断っている部屋は、散らかし放題でゴミの山だった。とに角、没頭したかった。邪魔をされたくなかったのだ。
「いや、今乗りに乗っているんだ。書きたいんだ。」
「ダメですよ、先生。体の心配もありますが、心が危ないです。息抜きをしましょう。別に馬鹿騒ぎをしようというんじゃないんです。とに角、外に出ましょう。どうです?例の車を使っては。」
 田坂の部下に聞いた話では、出会い系サイトによって確率に差があるという。勿論のこと100%ではないらしいが、その部下も何人かの女性と出会えたらしい。俺の愚痴を聞いた田坂が、その部下に命じて何人かにアタックさせたらしい。やはりのことにコツがあるらしく、一人の女性とのコンタクトが取れたという。何回かのメール交換の後に、デートの約束を取り付けたということだ。どうも他人のお膳立てだということが気に入らないが、田坂の勧めもあることだしと、息抜きをすることにした。
 しかし何とも面はゆい気がする。何せ、一度も会ったことのない女性だ。然も、俺は一度もメール交換をしていないのだ。メールの内容を読みはしたが、特別の内容ではなかった。俺が出すメールと、大差ないように思える。その部下に言わせると、匂いがあるらしい。 その気がない女性とのメール交換は、時間の無駄だと言う。そりゃ、そうだ。とするとだ、俺のメール相手はその気がない女性ばかりだったということか。その匂いとやらを嗅ぎ取れば、百発百中ということになる。問題は、どうやって嗅ぎ取るかだ。残念ながら、簡単ではないらしい。結局の所は、場数を踏む以外にないらしい。
 尤も、その気がある女性でも、やはりのことに相性があるらしい。デートまで辿り着けたとしても、食事だけで終わることもある。中には、露骨に金員を要求する猛者も居るとのことだ。今流行りの援助交際目的の女も、多々居る。その部下は、そんな女は断るらしい。勿体ない話だ。俺ならば、その方が後腐れがなくて良いと思うのだが。若さ、ということか。
 何にしても、田坂が見つけてきた車を使うことにした。といっても、大仕掛けの車ではない。リムジンというだけだ。運転席と後部座席がガラスで仕切られている仕様の車だ。窓という窓が全て濃緑色のスモークで、外部から内部を伺い知ることができない。勿論のこと、運転席からも見えない。会話すら、マイクを使用する。風俗店のオーナーが、道楽で買い求めた車らしい。田坂の口利きで、借りることが出来た代物だ。

 デート当日の今日、俺は早い時間に目覚めてしまった。といっても、十時頃なのだが。そう言えば、昨夜は早くに寝たような気がする。いつもならば外が白む頃にベッドに潜り込むのだが、未だ暗い外だったような気がする。どうにも襲ってくる睡魔に勝てなかった。頭の芯がぼーっとして、考えがまとまらなかった。コーヒーを何杯か飲んではみたが、まるで効果がなかった。シャワーを浴びてみたものの、これも効果がなかった。どうやら、疲れが溜まっているようだ。
 考えてみると、最近の俺は以前とは変わった。作品の傾向も、田坂に言われるまでもなく変わってきた。それまでは、女を調教するような作品は皆無だった。どちらかと言えば、行きずりの女との情交を主としていた。他人との関わりを拒否してきた私生活に、変化が現れたせいだろうか。みどりといい、のぶこといい、一夜限りと言う信条が崩れている。どうも、あのミィちゃんという娘に会ってからだ。まったく、不思議な娘だった。もう一度逢ってみたい、という気にさせられているのだ。
 シャワーを浴び軽めの食事を取り終わると、十二時になっていた。
「まだ、十二時か。迎えは、一時半だったな。」
 嘆息混じりの独り言を吐いた。相手の都合で、二時の約束だった。
「先生、仕方がないですよ。相手は、人妻なんですから。夜の時間帯は、無理です。たまには良いじゃないですか。日中のアバンチュールも、良いもんですって。何せ、例の車ですから。カーセックスを楽しんでくださいな。」
 田坂の声が、耳に残っている。確かに、初めてのシチュエーションではある。日の高い時間帯のそれも初めてならば、カーセックスも初めてである。色々と思い浮かべては、股間の膨らみを感じたりもした。

 心待ちにしている俺でもある。十代のガキでもあるまいし、心がざわつきもしている。待てよ。今の十代には、こんなときめきにも似た感情は起きないか?しかし何となく、違和感がある。多分、他人のお膳立てであることからだろう。自らが口説き落とした女ではないのだ。しかも、全く面識のない女だ。予備知識が、まるでない。三十二歳だということだが、当てにはなるまい。ぽっちゃりタイプだというが、このぽっちゃりというのが曲者だ。まっ、四十のおでぶさんだと、思っておこう。気に入らなければ、食事だけでもいいじゃないか、と思っている。
 が、今回ばかりは、相手に主導権がある。ひょっとすると、現れないかもしれないのだ。俺は、相手のことを何も知らされていない。どんな服装で来るのか、知らされていない。目印となる物があるわけでもない。昔ならば、何某かの目印をお互いに持ったものなのに。手渡された携帯電話に、連絡が入ると言うのだ。俺から連絡することは、出来ない。
 そうだ!俺の服装を指定してきていたな。上下共に、白で統一してくれと。更には、カンカン帽子は如何ですか?等とほざいてきた。
「冗談も休み休みにしろ!」と怒鳴ってやったが。
「そこまでして逢う程の相手か!」と、一喝してやった。
「冗談ですよ、冗談です。」と、平謝りしていたが。どこまでが冗談か、分かったもんじゃない。もしとんでもない女だったら、只じゃすまさんぞ、まったく。
 それにしても、落ち着かん。未だ、一時間以上の間がある。テレビを漫然と見ているが、つまらん。思い直して、メールの確認をしてみた。昨夜というか、寝る前に確認をしたというのに、もう二十通近くが届いている。その内の三通は、又ウィルスメールだ。メルマガを発行しているせいか、良く届くものだ。プロバイダーでチェックをさせているから実害は無いが、鬱陶しいものだ。
「ピンボーン!」
チャイムの音が鳴った。やっと、迎えが来た。


其の十八

 約束の場所には、少し早く着いた。某ホテルのロビーでの待ち合わせだった。といって、そのホテルで密会をするつもりはない。車を待たせるのに、都合がいいというだけだった。
俺は中央部にある小さな噴水の傍に、立っていなければならん。俺の預かり知らぬところで、決められた場所だ。しかし、どうにも他人の視線が痛く感じられる。こんな場所に立っているのは、俺ぐらいのものだ。ぐるりと見回してみたが、俺の元に近づいてくる女性は居ないようだ。未だ来ていないのか、それとも品定めをしているのか。落ち着かない時間だ。いっそ、このまま帰ろうかと考えてしまった。
 と、着物姿の女性が近づいてくる。おいおい、待ってくれよ。三十代ではないぞ、あの女性は。初老じゃないか。俺を視線にとらえながら、真っ直ぐに俺に近づいてくる。俺は気が付かないふりをして、タバコに火を点けた。上目遣いにその女性を見ると、有り難いことに通り過ぎてくれた。やれやれだ、まったく。しかしこれじゃ、先が思いやられる。それにしても平日だというのに、結構人がいる。そこかしこの椅子に、座っている。まさか俺と同類ではないだろうが、殆どがアベックだ。二組の男同士は、多分ビジネス関係だろうが。
 所在なげに立っているのは、俺ぐらいのものだ。これじゃあ、すぐにも分かるというものだ。どちらが指定したのかは分からんが、遊び慣れた人間じゃないのか。となると、田坂の部下が決めたことか。それとも、人妻と言っていたが、遊び慣れているのか?あぁ、たまらん。早く来てくれ、まったく。
”ピロロ、ピロロ。“携帯が鳴った。
「はいっ。」
「あのぉ、アダルトマンさんですか?」
「えっ?!」
 思わず、違いますがと言いかけた。そうだった。
「アダルトマンと言うハンドルネームですから」と聞かされている。
「そうですが。夢見る人妻さん、ですか?」
「はい。」消え入るような、小声だった。声は合格だな、と納得した。
「私が、分かりますか?」
「はい。」
「で、今何処にお見えですか?」
 周りを見渡したが、何人かの女性が携帯を使っている。特定することが、出来ない。
「はい。外に、おります。入り口の右側です。」
 俺は入り口に向かって歩いたが、それらしき女性は・・、居ない。
「あのぉ、ごめんなさい。アダルトマンさんからだと、左側になります。」
 慌てて左側を見ると、俺に向かってお辞儀をする女性が居た。薄いグリーンのワンピース姿の、小柄な女性だった。少し小太りに感じるが、ぽっちゃり型は俺の好みだ。と言いつつも、やせ型でも良いのだが。
「分かりましたよ、今行きますから。」と、通話を止めた。

「どうも、初めまして。というのは、変ですかね。」
 近づいてみると、中々どうして。愛くるしい顔の女性じゃないか。薄化粧ながら、目鼻立ちがはっきりしている。声からは想像できない、顔立ちだ。案外遊び慣れている女性のように感じられる。
「今日は、天気が良くて何よりでした。もっとも雨が降っていれば、『お会いする前からしっぽり濡れましたね』とでも、言いましょうか。ハハハ・・。」と柄にもなく、快活に笑った。
「良かったです。少し不安でしたの、ホントのところは。恐い方だったら、お声をかけずに帰ろうと思っていました。」
 相変わらず、小声で話す。
「それじゃ、合格ですかな?良かった、良かった。どうです、コーヒーでも飲んでいきませんか。」
 隣接している喫茶店に、とに角引っ張り込んだ。外では、いつ去られるかもしれないと不安がある。
「お名前を教えて頂けませんか?どうも、夢見る人妻さんでは話がしにくい。私も、アダルトマンと呼ばれるのは、少々くすぐったいですし。いやいや、本名じゃなくて良いんですよ。私のことは、アキラとでも呼んでください。そうだな、ルリ子さんと呼ばせて頂いて宜しいですかな?実は、浅丘ルリ子のファンでしてね。」
「まぁ。あんな、きれいな女性のお名前で呼んでいただけるんですか。光栄ですわ。アキラさん。」
 女の声がやっと大きくなった。
「何をおっしゃる。ルリ子さんは、おきれいだ。実のところ、あまり期待していなかったんです。いや、こりゃ失礼。実はですね。私、帰ろうかと思ったんですよ。噴水の傍に立っている時に、おばあさんが近づいてきましてね。声をかけられたら『違います!』と、答えようかと思いました。焦りました、実際。」
「あぁ、あの方ですか。私も、焦りましたわ。お電話をしようかと思いましたら、あの方が・・。お待ち合わせの方なのか、と残念に思ってましたの。」
 どうやら、俺の思い過ごしのようだ。出会い系サイトでのメール交換は頻繁にしているようだが、実際に逢うのは初めてらしい。二度ほど約束をしたらしいが、そのまま引き返したらしい。ギラついた男ばかりで、恐れをなしたということか。
「少しイメージが違いましたわ、もっとその・・。」
「そうですか。どんな風にですか。」
「もっと、エッチなお方だと・・。ごめんなさい、ホントに。」
「いやいや、猫をかぶっているんです。二人っきりになったら、豹変しますよ。それとも、スケベ人間はお嫌いですかな?」
 俺の言葉にポッと頬を染めたところなど、いいじゃないか。すぐにもベッドインしたくなる。どんな嬌態を見せるか、楽しみになってきた。
「あのぉ、アキラさんはご本名なんですか?」
「ハハハ、違いますよ。小林旭のファンでしてね、私。」
 当たり障りのない会話を暫く交わした後、しきりに自己弁護を始めた。
「初めてなんです、ホントに。お友達に勧められて、メール交換を始めたんです。違う自分になってみたくなりまして。意外でしたの、こんな自分が居たなんて。主人に不満があるわけでは、ないんです。その、少しアバンチュールを・・。」
「ハハハ。いいんですよ、そんなこと。お互い、もう大人ですから。そろそろ、出ましょうか。車を、今呼びます。ドライブしましょう、ね。その気にならなければ、それでもいいんですから。」
「はぃ。」
 うつむき加減で、又声が小さくなった。緊張感が、手に取るようにわかる。

 玄関先に着いた車を見て、女は驚きの表情を見せた。変わった車だとは知っていたろうが、こんなリムジンだとは思っていなかったろう。然も、運転手付きだ。驚かない方がおかしい。運転手がドアを開けた時には、一瞬たじろいだ。しかし俺に急かされると、素直に車に乗り込んだ。車の端に小さくなって座る女だったが、
「そんな端では、話もできませんよ。」と、座り直させた。車が静かに走り出すと、俺は女の体を引き寄せた。一瞬、女の体が少し硬直した。
「罪な女性だ、貴女は。魅力がありすぎる。」言うが早いか、女の唇に吸い付いた。
「あっ。」
 女の体から、一気に力が抜けた。俺は膝の上に前向きのまま女を乗せると、弾力のある乳房に手を回した。未だ子供の居ない女の乳房は、十分すぎる程の張りがある。
「大丈夫!シールが貼ってあるから、外からは何も見えない。運転席からも、見えない。声だって、マイクを通さなければ聞こえない。」
 女の不安を取り除くように、耳元で囁いた。そしてそのまま、女の首に唇を押し付けた。
「そ、そんな急に・・。」
 吐息混じりの声を遮るように、又唇に吸い付いた。左手で乳房をまさぐりながら、右手でジッパーを下ろした。冷静さを取り戻させては、事がスムーズに行かない。時間が短いのだ。短兵急かとは思ったが、俺は一気に突っ走ることにした。軽い抵抗はあったが、次第に激しい息づかいに変わり始めた。頃は良しと、ワンピースを肩から脱がせると、そのままブラジャーのホックを外した。プルン!と、形のいい乳房が現れた。Dカップというところか。お椀型で、乳首も適度に大きい。少し大きめのサクランボ程か。三十代にしては、見事な乳房だ。
「良い形の、おっぱいじゃないか。」
 耳元で囁くと、自分でも自信があるらしく軽く頷いてきた。座席から下りた俺は、女の体を座席に横たわらせた。小柄な女だから、十分に足を伸ばせられた。
「や、優しく、してください。」
 女は、顔を両手で隠した。女というものは、皆が皆判で押したように同じ事を言う。そのくせ感極まってくると、より刺激的な体位や愛撫をせがんでくる。荒々しく扱ってやると、随喜の涙をこぼした女も居た。まあ、俳句や短歌の枕詞だと思えばいいさ。俺にしても、相も変わらずの言葉をかけた。
「大丈夫、優しくするよ。安心して、任せなさい。」
 少しの間、そのまま何もせずにいた。焦らすことも、必要だ。案の定、女が不安げな表情で聞いてきた。うっすらと薄目を開け、小さな声を発してきた。
「ど、どうしたんですか?」
「いや。あまりに美しいから、見とれていたんだ。実に、素晴らしい。」
「そ、そんな、こと・・」褒められて悪い気のする女は居ない。

 車は市街地を当てもなく走り回っている。あらかじめ運転手には、
「郊外には出ないように。人通りの多い、本通りを走ってくれ。」と、伝えてある。理由があってのことだが、運転手は怪訝そうな表情を見せていた。停車・発進を繰り返しながら、車は進んでいる。運転技術のせいか、殆ど揺れを感じはしない。俺は、添え付けの冷蔵庫からシャンパンを取り出した。そのシャンパンを口に含むと、女の口に注ぎ込んだ。一瞬、何事かと驚いた女だったが、すぐにゴクリと飲み込んだ。そのまま舌先を挿入すると、女の舌が絡んできた。
「キャッ!」女が嬌声を上げた。少し残ったシャンパンを、女の胸に垂らしたのだ。すぐに俺はそのシャンパンを掬うように、女の肌に舌を這わせた。
「うっ、うぅぅ」
 女の体が少し浮き上がった。シャンパンを追うように脇腹に舌を這わせると、女の体が更に大きく海老反った。すかさず女の背に手を回し、上半身を起こした。そして
「ほらっ、目を開けてごらん。沢山の人が、歩いている。」と、行き交う人を指さした。慌てて乳房を両手で隠す女に、囁いた。
「向こうからは、見えないさ。」
「で、でも・・」羞恥心が、女の感度を更に高めたようだ。俺の首に手を回し、より濃厚なキスをせがんできた。
「キ、キーッ!」
 悲鳴を上げて車が止まった。女の体が座席から滑り落ち、俺の体は向かい合わせの座席まで吹っ飛んだ。
「どうした!」と、マイクに向かって怒鳴りつけた。
「申し訳ありません、信号無視の車です。」
「とに角、気を付けてくれ。」
 俺は女の高揚感が失われていないかと、心配になった。女は徐に座席に腰をかけなおした。心なしか、青ざめている。
「大丈夫かい?」
「はい、何ともないです。」
 相変わらずの小声だったが、少し震え気味に聞こえた。俺は女の隣に陣取ると、
「少し話しでもしようか。」と、膝の上に置かれた手を取った。
「年齢は、幾つなの?“ひ・み・つ・・”なんて、メールでは教えてくれなかったね。」
 女の細い指の間をいじくりながら、耳元で囁いた。女の肩に回した手を、赤茶色に染めている髪に添えてみた。少しざらつき感がある。何度も髪を染め変えているせいかもしれない。女からの返事を待つことなく、
「バストのサイズは?D?いや、Eカップだ。」と、わざと大きめのサイズを口にした。
「いえ、そんなには・・」
 女の返事を遮るように、俺はしゃべり続けた。
「大きい割には、垂れていない。これは、すごいことだ。巨乳だとどうしても垂れやすいのに、これはすごい。」

 女の乳房を、下から持ち上げるようにした。ずっしりと質感がある。巨乳と言う程ではないのだが、女の気持ちを高める為にほめ讃えた。上気した面もちの女は
「せんせ・・」と、吐息混じりの声を出した。頃は良しと、女の乳首を、軽く指で弾いた。
「ウン・・」
「感度がいい。肌も吸い付くようで、素晴らしい。」
 女の目が、トロンとし始めた。もう一息だ、没我に入らせるには。俺はそのまま耳元で、何度もほめ讃えた。時に、耳たぶを軽く噛んでみたりもした。女の手が俺の手をしっかりと握り返してきた。その手を股間に誘導した。臨戦態勢に入っている俺の逸物は、解放されたいといきり立っている。女の指が、ズボンのチャックを下げ始めた。腰を少し下にずらして、女が外しやすい体勢をとった。ズボンの中に女の手が入ったものの、トランクスの上からの愛撫となった。片方の手が待ちきれないとばかりに、ベルトを外しにかかった。俺は女の髪を掴むと、女の口に吸い付いた。熱い息が俺の口中に流れ込んでくる。
 と、急に視線を感じた。ハッと目を開けたが、車中は外から見えるわけがない。気のせいかと目を閉じたが、どうにも落ち着かない。まだ陽は高い。外が明るければ、車中から外は見えても車外から中を伺い知ることは出来ない筈だ。左手を見遣ると、信号待ちの人垣が見える。俺は、ギョッ!とした。一人の若い女が、俺を見ている。視線が俺を捉えている=そんな気がした。静かに車が動き出すと同時に、その女の視線が外れた。その瞬間、
「ス・ケ・ベ・」と、口が動いたような気がした。
”偶然さ、そうに決まっている。“そう思いつつも、落ち着かない俺だった。俺は女の体を起こすと、膝の上に乗せた。そして盆の窪に舌を這わせながら、女の乳房を両手で揉みし抱いた。指の間から飛び出た乳首は、これ以上ない程に勃起している。
「せ・ん・せ・・」
 女の口元が、だらしなく半開きになっている。声も途切れ途切れで、言葉にならない。俺はシートから降りると、女を座席に寝そべらせた。そして女の足首を掴むと、足の指を口に含んだ。指の間に舌を滑り込ませ、更に舐め続けた。
「あっ、ぁっ、はあぁぁ・・」
 女の手が、宙を舞っている。俺がその手の方に体を移すと、女がしがみついてきた。汗ばんだ女の乳房が背中に当たる。俺は首を後ろ向きにして、女の唇に吸い付いた。辛い姿勢ではあったが、女も積極的に首を伸ばして応えてきた。忙しなく舌を絡ませながら、女の唾液を吸い続けた。
 久方ぶりにセックスを堪能した。どこといって魅力のある女ではなかったが、
「機会があれば、もう一度お逢いしたいものですな。」と、後を引く女だった。
「はい・・。」
相変わらずの小声だったが、上気した表情が何とも良かった。メール交換を約束して、デパートで下ろした。夕食材料の買い物でもするのだろう。車から降りる際にすかさず軽くキスをすると、女はポッと頬を染めた。そんな初々しさが、益々俺を喜ばせてくれた。
「今日はありがとう。このまま少し、走らせてくれるかな。」
「お楽しみ頂けましたか?」
「うん。癖になりそうだょ、実際。」
 車が静かに走り出した。日も傾き始め、通りを行き交う人も足早になっている。俺は余韻に浸りながら、目を閉じた。
”いいネタができた。カーセックス物でも、書いてみるか。単なるカーセックスではなく、レイプ物だ。埠頭でデートする恋人を襲うというは、どうだ?恋人の前でレイプされた女が、狂喜してしまう。で、そのレイプ犯を探し求める。ところがその男は、レイプでしか勃起しない。考えあぐねた女は、整形手術で別人になる。うん!いいじゃないか。“

 信号待ちの停車中に、又俺は視線を感じた。ハッと左を見ると、大勢の群衆の中に若い女を見つけた。
「あっ!」
 思わず声を上げた。あの時は、陶酔感の中だった。気のせいかと思っていたが、今度ははっきりと見た。若い女には違いないが、幼いといった方が正しい。じっくり見ると、十代か?ひょっとして、女子高生位かもしれん。顔つきが幼い。待てよ、今日は平日だぞ。
「運転手君、今日は何曜日かな?」
「はい、木曜日です。」
「ありがとう・・」
 やはり、平日だ。昼日中だぞ。昨今流行の、プー太郎か?それにしても、どういうことだ。ずっとあそこに立っていた訳でもあるまいし。あぁそうか、誰かと待ち合わせなのか。いやいや、待てよ。とすると、もうかれこれ三時間近くも、待ちぼうけということか?
「おじさんの、ス・ケ・ベ!」
 車が発進する瞬間、女の口が動いた。見間違いではない、断じて。視力には自信のある俺だ。慌てて後ろを振り向くと、手を振っている。明らかに、俺に振っている。
「で、どちらに行きましょうか?」
「うん?あぁ、そうだな・・。日本出版に行って、いや待った。少しぶらついてみるよ。」
 あれこれと思いを巡らせている俺は、すぐには返事が出来なかった。どうにも、気持ちがざわついて収まらない。どうしても、あの女いや娘を探したくなった。まったく見覚えのない娘なのだが、昔から知っている娘のような気もする。記憶を辿ってみるが、やはり思い出せない。知人の娘やら親戚の子供やらを思い浮かべてみるが、やはり居ない。そもそもが、マンションの住民とは付き合いがない。子供なぞ、ついぞ見かけたことがない。ここに入る前といえば、アパートだ。麗子との同棲生活を送った、あのアパートだ。
「麗子か・・」
俺は頭を振って、麗子を打ち消した。今や、人気タレント様だ。映画の陵辱も、ヒットしているようだし。インターネットの掲示板で、喧しく騒がれている。
曰く。
“女神光臨だぁ!”
“雌豚だぁ!”
“犯りてぇ!”
“同感だっ!”
“強そう!”
“腹上死しても、いいぞ!”
 俺は優越感を感じつつも、腹立たしい。麗子が汚されていくようで、堪らん。
“いい加減にしろ!”
と、思わず書き込んでしまった。その後、俺に対する罵詈雑言は、凄まじいものだった。

「ここで、よろしいでしょうか?」
 気が付くと、あのデパートの前に停車していた。どうやら勘違いしたようだ。あの女を追いかけるとでも、思ったのか?俺は苦笑いをしつつも、
「結構だ。」と、裸のまま万札を手渡した。運転手は、その額の多さに恐縮しながら受け取った。
「又、声をおかけください。」
「あぁ、そうだね。その時は頼むよ。」
 最敬礼をする運転手を後目に、運転手の思惑通りに中に入った。相変わらずごった返している。空調が働いてる筈なのに、人いきれがする。車が立ち去るのを確認した俺は、直ぐさま外に出た。勿論、あの娘を探す為だ。居ないだろうとは思うのだが、もしかしてと、淡い期待を抱いたのだ。
 勤め帰りの時間帯で、歩くのもままならなかった。足早に歩いて、あの交差点へ急いだ。確か、日本商事会社のビルだった。看板を探しながら歩いたが、中々に見つからない。苛々しながら歩いた。皆早足なのだが、気が急く俺にはそれでもまどろっこしい。追い越そうにも、人人人で、それもならない。ほんの二、三分のことだろうが、俺には十分にも二十分にも感じられた。目的のビルが、やっと見えてきた。俺は、無理矢理に
「失礼、失礼!」と、かき分けて進んだ。
 信号が青に変わり、どっと歩き始めた。俺は慌てて、ビルの壁に張り付いた。後ろ姿を探してみたが、それらしき娘は見あたらない。確か、薄緑のスカートに白いシャツ姿だった筈だ。髪型は、・・何だった?必死に思い浮かべてみたが、だめだ。特徴のない髪型だったのか、思い出せない。
“待てよ、どんな顔付きだったんだ?”顔は、・・見た筈だ。でなきゃ、どこの娘かと考えるわけがない。
“焦るな、焦るな。じっくり、思い出すんだ。口だ!先ずは口を思い出せ。確か、厚くもなく、薄くもなく・・。だめだ、普通の唇じゃないか。いや、待て!ホクロがあったぞ。どこだった?右の目元に、ホクロがあった。いや、左だったか?えぇぃっ!情けない、まったく。そうだ!目は大きかった。鼻は、鼻は・・。うーん。団子っ鼻だったか・・。”
俺は愕然とした。何一つ、確かなことは思い出せない。どうにも、判然としない。十代位の娘が、全てあの娘に見えてしまう。止むを得ず、服装で判断することにした。しかし、そんな服装の娘はどこにも居ない。第一、留まっている娘等どこにも居ない。辺りを何度も見回したが、だめだった。

”目の錯覚だったのか?それとも、俺にじゃなかったのか?“
 そんな思いにかられた俺は、一気に脱力感に襲われた。そんな俺の心を見透かしたわけでもないだろうが、ポツリと雨が降り出した。一斉に通行人が走りだしたが、軒先の無い壁面に立っていた俺も又、慌てた。
「先生、先生。」
「おっ、田坂君か?」
 突然、田坂の声がした。驚く俺に、田坂はニヤニヤとしている。雨が降り出した中では立ち話も出来ず、取りあえず近くの喫茶店に入り込んだ。
「どうでした、首尾は。」
「うん、上物だったよ。何とかと言ったね、君の部下。そうそう、島田君だったか。お礼を言っておいてくれ。」
「お役に立てましたか、そりゃあ良かった。でも、どうしたんです?誰か、お探しだったんですか?」
「うん、ちょっとな。」
 どうやら少し前から俺に気が付いていたらしい。声を掛けるのが憚られたというのだ。事の顛末を話しても良かったのだが、止めた。
”呆ける年齢でもないでしょうに。“と、言うに決まっている。
「しかし先生も、お盛んですね。一戦交えた後だというのに、・・。ホントに先生は、好きなんだから。」
「ハハハ。俺から色事を取ったら、何が残るんだ。女遊びは、飯の種だぞ。そうそう、次回作の構想が浮かんだよ。久しぶりに、レイプ物だ。ちょっとヒネリはするがね。暴走族絡みにしようかと、思っているんだ。」
 コーヒーを口にしていた田坂は、慌ててカップを置くと
「先生。それはちょっと・・。レイプ物は良いんですが、暴走族絡みというのはどうでしょう。気を付けてくださいよ、暴力シーンは。最近、当局の目が厳しくなってるんですよ。」と、真面目顔で答えてきた。
「そうか・・、うるさくなってきたか。まっ、気を付けるさ。」
 暫くの雑談の後に、思い出したように田坂が問いかけてきた。
「先生、覚えてらっしゃいますか?家政婦の姪ごさんですが。」
「うん?・・・」
「のぶこさんと仰有るんですが、連絡が入ったんです。時間を割いていただけませんか。何だか、切羽詰まったような声でして。」
 のぶこ・・、勿論覚えているとも。もう一度堪能したいと思っている女だ。田坂は、俺が頂いたとは気が付いていないようだ。いや、案外のことに知っているかもしれん。その上で、とぼけているのかもしれんぞ。俺は、わざと気乗りしない風情で、面倒臭そうに答えた。
「まぁな。仕方がない、話を聞いてみるよ。連絡先は、分かるのか?」
「はい、聞いてます。ちょっと待ってください、今掛けますから。」
 せっかちな奴だ、まったく。それとも、のぶこが頼んだのか。
「はい、はい。今、代わりますから。先生、お願いします。」
「あぁ、もしもし。」
 俺は、席を離れるように手で田坂を促した。軽く頭を下げて、
「じゃ、ちょっとトイレに。」と、立ち上がった。一々そんなことを言う必要はないのだが、まったく律儀な男だ。
「あぁ、失礼。で、どうしました?」
 どうしましたも何もあるわけがない。俺に抱かれたいから連絡をしてきたんだ。分かってはいたが、問いかけた。もう、プレイに入っているのだ。
「はいっ・・」
「うん?」
「はぃ・・」
困ったような声がする。そりゃあそうだ。あからさまに、抱いてくれとは、言えんだろう。

「良いでしょう、お出でなさい。そうだな・・、来週の・・」
「せんせっ、今夜はだめですか?」
 俺の声を遮ってきた。甘えるような、ねっとりと絡んでくる声だ。
「今夜、主人・・帰らないんです。せんせいと、一晩過ごしたいんです。色々とお話を聞いていただきんです。」
「今夜かね?そりゃ、急だな・・。」
「お願いします、せんせい。もう我慢できないんです。今も体が火照って、だめなんです。お願いです、せんせっ。」
 涙声になってきた。俺は、のぶこの肢体を思い浮かべた。シャワーの湯を弾く若い肌が、脳裏にまざまざと浮かんできた。張りのある乳房、こんもりとした臀部。逸物が膨らみ始めた。もう少し焦らしてみたい気もしたが、そろそろ田坂が戻ってくるだろう。惜しい気もするが、そこで止めることにした。
「良いでしょう、お出でなさい。その代わり、下着は履いてこないように。ワンピース一枚にしなさい。そうだな、夕食でも作ってもらおうか。うん、エプロンも忘れないように。いいね!それじゃ、八時に来なさい。」
「ありがとうございます。」
 電話を切ると同時に、田坂が戻ってきた。俺はわざと、居丈高に怒鳴った。
「無茶な約束を、するな!今夜来たいなんて、言うじゃないか。『俺を説得する』と、大見得を切ったのか?」
「冗談じゃないですよ、先生。そんな約束はしてません。確かに、『会って貰えるように便宜は図ります。』とは言いましたが。今夜だなんて、そんなことは聞いてません。いいです、私から断ります。」
 俺から携帯を引ったくると、リダイヤルし始めた。
「いいよ、いいよ。それ程、切迫してるんだろう。哀願されたよ、涙声で。泣かれちゃ、弱い。女の涙は、強い。世界最強だ、実際。」
「先生。お願いしますよ、ホントに。冗談なんでしょ?人が悪いなぁ、先生も。いいんですか?今夜なんて。締め切りに間に合わないなんてこと、駄目ですよ。明日ですからね、待てませんよ。」
「あぁ、もう書き上がってる。フロッピーに入れてバイク便を使うさ。」
「そうですか、仕上がってますか。いゃあ、助かります。今週は、久しぶりに土曜を休めます。ありがとうございます、ほんとに。」
外の雨は、止む気配がなかった。店内の時計を見ると、既に七時近くになっていた。
「先生、送りますよ。この先の駐車場に車を止めてありますから。少し、待っててください。」

「おい、新車じゃないか。」
「はいっ、先生のお陰です。ここの所、アンケートランキングが常にトップなんです。ボーナスをたっぷり貰えました。で、思い切って買い換えたんです。先生のお陰です、はい。」
 俺は、こんな正直な田坂が好きだ。駆け引きを一切使わない。昨年、出版社から担当替えの打診があったが、言下に断った。俺をここまでにしてくれたのは田坂なのだ。それに忌憚のない指摘は、耳に痛いこともこともあるが、当を得ている。田坂が外れるなら執筆を止めると、編集長に談じ込んだものだ。行儀の良い俺は、出版社にとっては楽な作家らしく新人を担当にしたいらしいのだが。島田が、田坂の後釜のようだ。だからこそ、俺に協力してくれたのだろう。
「先生、程々にお願いしますよ。それじゃ、お休みなさい。」車から降りる俺の背に、田坂が声を掛けてきた。どうやら、気が付いていたようだ。まっ、当たり前のことか。でなきゃ、編集員は勤まらんだろうさ。俺は無言のまま、手を挙げた。

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