其の三

 また無味乾燥な日々が、戻ってきた。恒例の、月に一度の馬鹿騒ぎは終わった。
「先生は、遊び出すと際限がないですから。」
 田坂の進言(というよりは、命令だろうが!)からだ。どうにも、田坂には逆らえない。年齢は、俺よりも下なのだが、何故か頷いてしまう。元来、他人に制御してもらわないと、糸の切れた凧のようにどこに行くか分からん俺だ。昔からそうだった。麗子にも、……いや、よそう。又、惨めな思いになるだけだ。
 そう思いつつも、今夜も又麗子のHPを覗いている。にこやかに微笑む、麗子が居る。その豊満な肢体を見せつける、麗子が居る。しかし、俺だけが知っている本当の、麗子は居ない。淋しいような、そのくせ嬉しいような……、そんな思いに駆られながらページを移動していく。今夜は新しい情報はなかった、そうそう更新する暇はないだろう。
 実のところ、偽名を使ってファンクラブに入会している俺だ。会員番号=616。偶然なのか、俺の誕生日だった。定期的に送られてくる会報は、封を開けることなく本棚で埃をかぶっている。開けてみたいという気持ちはあるのだが、一日延ばしにしている。麗子宛へのファンレターが載っているかもしれない、そう思うと怖くて封が開けられないのだ。“情けない!”そう思いつつも、埃が被るままにしている。
 そして続いてエロサイトに入っていく。日課になっている、小説のネタ探し。マンネリ化を恐れる俺は、より過激なネタを探している。ヌード画像が現れる。次へ、次へ、急かされるようにクリックし続ける。そして、現れる画像の女性とのからみを妄想していく。出会いの場所は、時間は、口説き文句は、……。
 今夜の場所は、とあるスナック。時間は、そう八時頃にするか。ふるいつきたくなるような美女が、一人グラスを傾けている。待ち人来たらず? それとも、キャリアウーマンの息抜き?
「彼女に、同じものを差し上げて。」と、バーテンに頼む。
 その美女は訝しげにこちらを見るが、慣れているのか少し陰りを帯びた目で微笑んでくる。そうだ、メガネをかけさせよう。キャリアウーマンには、メガネが必需品だ。
「乾杯!」
 小さくグラスを上げる、その美女も応えてくれる。小粋な会話を交わし、その後はお決まりのベッドインだ。本番は、これからだ。読者の喜びそうなシーンを、ふんだんに盛り込んで書き込んでいく。男女の心理など、適当なものでいい。激しく絡み合う男女を描けばいい。
 ありきたりのパターンでいい。ありそうで、ない。ないようで、あるかも? と思えるものでいい。突飛な設定は長続きしないものだ、そう思って書いてきた。それで、良かった。しかしそれも、これまでのことだ。最近は、読者も肥えてきた。心理描写を要求してくるようになった。田坂が、そう言うのだ。疲れる時代になったものだ。プレイにしても、同じものでは納得してくれなくなった。何か、新しいプレイを入れなくてはいけない。もっとも、それが為に田坂の奮闘があるのだが。一昔前は、クラブに通ったものだ。とびっきりの美女に会わせてくれた。その美女との絡みを妄想しながら、書いていた。
 が、今は違う。ピンクサロン専門だ。そして、あのミドリのように上手くセッティングしてくれる。ネタづくりの為に、だ。大枚の軍資金の、一部(半分程度になるか)を負担してくれる。そんな俺が、純愛物語をメールマガジンとして発行している。今では死語となってしまった観のある清い交際物語、をだ。バランスを取らなければ、おかしくなってしまう。色情狂になってしまう、そんな不安があるのだ。俺にしてみれば、エロ小説は食い扶持の為だ。純愛物が、俺の本分と考えているが。

「ガー、ゴー、ガー!」
 突然に、掃除機の音が隣のリビングから鳴り響いてきた。そういえば、今日は週に一度の家政婦さんの日だ。田坂の口利きで、五十代半ばのオバサンが来てくれることになった。冗談に、「どうせなら、若い女性にしてくれ。」と言った俺に「ダメですよ、先生。手を出すじゃないですか。」と、言下に拒否された。まったく、俺を種馬のように思っていやがる。まっしかし、当たらずとも遠からず、と言うところか。
 しかし、どうしたことだ。まだ午前十時じゃないか! いつもなら、夕方に来てくれるのに。然も、俺が起きていることを確認してからの、掃除機なのに。
「ウォホン!」
 大きく咳払いをしたが、鳴りやまない。聞こえないのかもしれない。やむなく俺は、いつものトランクス一枚で、リビングに入った。
「どうしたの、オバサン! 早いじゃないか、いつもより。」
 と、そこに居たのは。相手も驚いたようだが、俺も驚いた。いつものオバサンではなかった。二十代半ばの、うら若き女性だった。そういえば、田坂から連絡があった。
「性生活で、悩んでいる女性が居るんです。相談に乗ってやって下さい。オバサンの知り合いらしいんですが。」
 しかし、まさかこんな若い女性だとは思わなかった。倦怠期を迎えた女性だろうと、思い込んでいたのだ。
 女は「キャッ!」と、後ろを向いてしまった。それはそうだろう、パジャマ姿を考えていたろうから。しかし俺にとっては、トランクス一枚がパジャマなのだ。空調が行き届いているこのマンションでは、年中この姿の俺だ。客などは、一人として来ない。田坂にしても、一度来たきりなのだから。俺は、眠りを妨げられた不機嫌さも手伝って、そのままで声をかけた。
「あんたかね、相談事のある女性は?」
「はい、そうです。突然、申し訳ありません。」
 相変わらず、後ろ向きだ。俺は、少し丸めた背中を見ながら、“うん、合格だな。”と頷いた。なで肩といい、腰のくびれといい、足首の細さといい、いいじゃないか。何にも増して、ヒップがいい。ツンと上向いた尻は、さすがに若さの象徴だ。次第に、不機嫌さも取れてきた。
「とりあえず、シャワーを浴びるよ。日課なんでね。その後、話を聞きましょう。」
 そう言ったままその女の横を通り、バスルームに入った。温めの湯を出しながら、丹念に身体を洗った。鼻歌すら出そうな、浮き浮きした気分だ。普段はそのまま出るのだが、今日は念を入れて湯船に浸かった。バスタオルを首に巻いたまま、トランクス一枚で出た。バスローブがありはするのだか、取りに行くのが面倒だ。本心を言えば、わざとそうしているのだが。どんな内容かは分からんが、いい思いをさせてくれるだろう。でなければ、応じるつもりはない。
「先生、お手柔らかにお願いしますよ。何と言っても、おばさんの知り合いなんですから。」
 田坂の言など、知ったことではない。おばさんと言っても、俺には赤の他人だ。第一、この俺に相談事を持ちかけてくるのだ。それなりの覚悟は、当然にあるだろうし。

 ソファに座った俺は、女を正面に座らせた。女は下を向きながら、ボソボソと話しだした。俺の裸同然の姿に、ドギマギとしているようだ。初々しさが、感じられる。そそられるじゃないか、実際。久しぶりだ、いや初めてか?新妻は。何にしても、狼の前の羊のようなものだ。女の話を要約すると、セックスが楽しくないと言う。夫に「お前は、マグロだ!」と、詰られているらしい。「俺が高卒だから、馬鹿にしてるんだろう!」とも。そのせいか、夫のセックスは前戯らしいことを殆どせずに挑んでくる、と言う。
「こちらの準備が整わない内に挿入してくるので、ただ痛いだけで。でも周囲の話では『それでも濡れてくるし、快感も感じるものだ。』と聞かされて、自分は不感症なのかと思えてきたんです。夫は、長距離トラックの運転手なんです。週の殆どが留守でして、今日も東北の方に行ってます。帰りは明日なんです。夫が先生のファンでして、私も時々盗み読みしています。女の人は、皆あんな風に悶えるのでしょうか? あんなこと迄、なさるんですか?」
 そんな最後の言葉に、俺は苦笑した。
「うん、まあねぇ。一応、私の体験を基に書いてはいるが。まぁ、男次第さ。」
 見栄もあり、絵空事だとは言えなかった。小説に登場してくる女性全てが、確かに気も狂わんばかりに悶えている。創造の産物だとは、口が裂けても言えない。
 女は、取り立てて美人というわけではない。しかし、憂いを秘めた女には、俺は弱い。それに、あのヒップが目に焼き付いてる。女が話す間、“どうするか”と考えていたが、目隠しプレイを思いついた。不感症かも? と思いこんでいる女には、刺激的な方法が良いだろうと考えた。
「大丈夫! 私に任せなさい。聞く限りでは、男に問題ありだね。どうやら奥さん、セックス恐怖症にかかっているようだね。大丈夫だ。何人かの女性を、まともにした経験がある。」
 そんな病気があるのかどうか、俺は知らない。そういった病名を告げた方が、俺の指示に従いやすいだろうと考えてのことだ。やはり、女の顔がパッと明るくなった。俺を信頼しきっているようだ。深々と頭を下げて、
「行く先々で、遊んでいるようなんです。でも夫と、離婚するつもりはないんです。何でもしますから、お願いいたします。」と、はっきりとした口調で答えてきた。ともすれば不安になりがちな気持ちを、奮い立たせる思いがあるのかもしれない。
 俺の元に来るのも、恐らくは逡巡したことだろう。見も知らぬ、然もエロ小説を生業としている男の元に来るのだ。躊躇いの気持ちがあって、当たり前のことだ。俺はそこで待つようにと指示し、アイマスクを取りだした。そして、女の後ろに回ると
「気を楽にして。」と、声をかけながらアイマスクをかけた。
「これはね、アメリカの心理学者が創案した方法なんだ。視力を奪うことによって、集中心が生まれるんだ。いいかい、私の指示に従うんだよ。」
 不安げな面もちの女だったが、アメリカの心理学者という言葉が安心感を与えたようだ。何かの本で読んだ記憶があるが、何の治療方法だったかは覚えていない。
 女をソファに座らせたまま、俺は黙って女の周りを歩き出した。女は、全神経を耳に集中させているようだ。俺の歩く方向に、女の耳が向く。俺はドアを一旦開け、そして勢いよく閉めた。わざと大きな音を立てて鍵をかけた。その音に、女の身体が反応している。何をしているのかは、分からない筈だ。しかし、密室になっていくことだけは、分かった筈だ。二人きりなのだ、ということを再確認させたいのだ。灯りをスタンド式だけを残して落とした。部屋を暗くしなければ、如何な俺でも煌々と輝く灯りの下では、気持ちの高ぶりが無い。
「さっ。じゃあ、立ちなさい。」
 俺は女の手を取ると、ゆっくりと寝室に連れ込んだ。女は、俺の手を両手でしっかりと握り、小さな歩幅で歩いた。そっとドアを開けると、女を優しく誘導した。そして閉じるときに、大きくドアをロックした。女の表情が、一変した。恐怖感が生まれたのだろう、みるみる血の気が引いていく。
「大丈夫、大丈夫だ。怖がることはない。私に任せなさい、きっと治してあげるから。」
 しかし女の体は、小刻みに震えている。女の肩を優しく抱いて、ベッドに腰掛けさせた。
「さあ、横になりなさい。何も心配することはない。全て、私に任せなさい。」
 女はベッドを手探りしながら、静かに身体を横たえた。不安定な状態からの解放で、少し安心したのか、身体の震えは収まっていた。ずれたスカートの裾から覗き見える太股が、妙に艶っぽく感じられる。違和感を覚えたのだろう、女は上半身を起こしてその乱れを直した。

 俺は無言のまま女の髪をまさぐった。女の身体がビクリと動き、身構える風情が見えた。
「きれいな髪だ、いい匂いがする。」
 そんな言葉をかけながら、指を頬に移していった。更に指をずらし、唇の縁をなぞった。
「柔らかい唇だね、吸い付きたくなる。」
 女の顔が上気し始め、唇をキュッと真一文字に結んだ。俺はそのまま指をずらし、顎から首筋へ、そして胸骨へと移した。女の身体が、一気に硬直し始めた。
「きれいな肌だね。指に吸い付いてくるようだ。じゃあ、ブラウスを脱ごうか。」
 ブラウスのボタンに手をかけると、女の手が俺の手を押さえた。しかし、すぐに思い直したらしく女の手がベッドに下りた。ボタンを一個々々外すにつれ女の手に力が入り、握り拳を作っていた。こんもりと盛り上がったその乳房を指で触れると「イャッ!」と、手ではねのけてきた。
「止めるかい?」
 意地悪く耳元で囁くと、女は小さく首を振り「すみません、お願いします・・」と、顔を赤らめながら呟くように言った。
「分かった。力を抜いて、全て任せなさい。ゆったりと、気持ちを解放するんだ。」
 似合わぬ科白だと思いつつも、優しく声をかけてやった。女の反応は、無理もないことだ。目隠しをされているという異常な状態では、平静を保てる筈もない。まだ不安な気持ちが強いのだろう。
 フロントホックを外してやると、抑え付けられていた乳房が勢いよく飛び出してきた。ピンク色の乳首が勃起しているのが、はっきりと確認できた。両の乳房を見比べると、右側がやゃ大きい。
「旦那は、左利きかい?」
 女は、小さくコクリと頷いた。と同時に、女の胸が小さく上下し始めた。
「どうだい? 感じ始めてるだろう、濡れているのを感じないかな?」
 女は無言だったが、耳たぶまで更に赤らめたところをみると、間違いないようだ。それにしても、勿体ない。段取りを踏んで、キチンと愛撫してやれば、十分に性感は上がるのだ。短兵急なセックスに、女としての未成熟さから身体が反応しないのだ。ゆっくりと乳房の外輪を撫で回しながら、女の息遣いを注意深く見た。少し荒くなり、胸の動きも早くはなってきている。ベッドに俺の身体を乗せると、女の身体に添い寝した。ベッドの沈みで俺の動きを察したようだ。心なしか、女の身体が少しずれたように見えた。
「怖くなったら、言いなさい。すぐに、止めるから。」
 女の唇に、俺の吐息がかかるように近づいて、囁くように言った。口紅のせいだろうか、女の吐く息が甘く感じられる。少し、熱も帯びている。そのまま触れることなく、俺は女の耳に軽く息を吹きかけた。

「スカートを脱ぎなさい!」
 俺は少し強めの口調で、命令した。主従の関係をはっきりさせる意味を込めてのことだった。催眠状態に落とし込む為でもあった。女は無言のまま、スカートをずらす。と、真っ白いパンティが現われた。
「うーん、きれいだよ。」
「………」
 かすれた、声にならぬ声が漏れた。没我状態に、入りかけているようだ。
「さあ、うつ伏せになりなさい。」
 女は静かに、身体を動かした。その折り、さも偶然にといった具合に女の秘部に触れたが、もう何の反応も無い。
「名前を聞いていなかったね。教えてくれるかな?」
 ベッド脇のデスクの引き出しから、羽ペンを取り出しながら女に問いかけた。
のぶこ、と言います…
 か弱く、か細い声で答えてきた。羽枕に顔を埋めているせいか、くぐもった声だった。
「のぶこ、さんか。素晴らしい体だ。肌のきめも細かいし、何より色が白い。」
 俺は、羽ペンでその背中を撫でながら囁き続けた。女の体がビクリビクリと動く。次第に赤みを帯び始めた肌が、俺を呼んでいる。
「さあ、仰向けになってごらん。そのきれいな乳房を見せてくれ。」
 女は、ゆっくりと体の向きを変えた。張りのある乳房は、さ程に崩れることなくその存在を誇示していた。
「おいしそうだ、食べちゃおうかな。チュパ、チュパって。」
 俺の声に反応して、乳首の勃起は更に激しくなった。俺は、羽ペンでその乳首を軽く弾いた。
「先生、先生。変です、変なんです。」
 女の手が、俺の腕を掴もうと空を彷徨った。俺はその声に答えることなく、羽ペンで女の乳房を撫で回し続けた。女の手が激しく動き回り、俺を探し続けた。女の手がシーツをまさぐり始めたところで、トランクス越しに俺の逸物を宛った。
 女の指が、俺の逸物をまさぐる。それが何なのか、分からぬようだった。次第にいきり立ち始めた逸物を指で摘むと、突然手を離した。それが、俺の逸物であることに気付いたらしい。羽ペンを少しずつ下に動かしてやった。縦長のおへそを少し突つきながら、女の体が海老反るのを楽しんだ。更に下へと移動させ太股に届いた時には、女の口から小さな嗚咽が漏れ始めた。
「いいんだ、いいんだよ。声を上げなさい。誰も居ないんだ。」
「せんせい、せんせーい! へん、よ。熱いの、熱いの。」
 堰を切ったように、声を張り上げ始めた。
「そうだ、そうだ! もっと、もっと。」

「せんせ、いぃぃ。せ、せんせぇぃぃ。」
 初めてのエクスタシーに、戸惑いを感じているのだろう。未知の世界に踏み込んだ自分を、どう遇して良いのか分からないようだ。
「さあ、今度は舌先を出してごらん。口は閉じたままだ。」
 俺の言うがままに、女はおずおずと舌先を少し出してきた。
「だめだ、だめだ。もっと出してごらん。」
 ほんの数センチ程度の舌先では、俺の意図するところではない。女は、突き出すように出してきた。
「よし、よし。嘘をついた舌は、閻魔様に変わって引っこ抜いてやる。」
 慌てて女は、舌先を戻した。
「ハハハ。冗談だよ、冗談。そんなこと、しないさ。さあ、もう一度出しなさい。」
 女は、おずおずと出してきた。すぐにも引っ込められるように、全神経を集中させているようだ。そのままの状態で、俺は女の乳首を口に含んだ。突然の愛撫に、女は大きく身体を仰け反らした。背中に手を回し、女をしっかりと抱き寄せた。
 突き出されている女の舌先に俺の舌先を絡めると、待ちきれないとばかりに激しい動きをみせた。自らアイマスクを剥ぎ取ると、俺の顔を両手で挟み込み、「せんせい、先生。」と、貪り付いてきた。初めてのエクスタシーに戸惑っていた女は、もう何処にもいない。雌獣のように、激しい咆哮を上げている。
「せんせっ。動いて、うご、いてぇ!」
 腰を捩らせながら、女がせがんできた。今一歩で、より高みへ上り詰められそうな感覚があるのだろう。催促のようなものだ。俺にしても、中途な気分ではある。しかし気持ちが萎えている。
”恥じらいはどこに行ったんだ!“と、女を責めた。

「今回は、ここまでとしよう。あまり変貌すると、旦那が勘ぐることになってしまう。」
 そう答えながら、ベッドから下りた。今回限りというのでは、淋しすぎる気がしたのだ。俺にしては、珍しいことだが。新妻との経験は、初めての事だからかもしれない。
「次回は、正常なセックスにしてみよう。治療とはいえ、君には刺激が強すぎたろうから。」
 お為ごかしな言い訳で、不満そうな女を諭すように告げた。
「分かりました。先生の仰有るとおりですわ。」
 ほんのり桜色に上気した肌に、うっすらと汗をかいている。なんとも艶っぽい。もう一度挑みたくなる衝動を、グッと抑えた。
「後で君も、シャワーを浴びなさい。」
 そう言い残すと、そそくさとバスルームに向かった。
“次はいつだ? 一週間? 二週間? 待てよ。これっきりと言うこともあるかもしれんな。”
 そんな思いが、脳裏をかすめた。バスタオルを腰に巻いた俺は、寝室に取って返した。女は、まだベッドの上に居た。俺の顔を見るなり、ばつの悪そうな顔で、
「すみません、すぐに帰ります。」と、気怠そうにベッドを下りた。
「いやいや、そうじゃないんだ。一緒に、シャワーを浴びないかね。」
「せんせい、とですか?」
 キョトンとした顔付きで、女が問いかけてきた。
「うん。まぁ、嫌なら、いいんだがね。」
 今度は、俺がばつが悪くなった。
「是非にも、お願いします。お背中を流させてください。」
 女の意外な言葉に、少なからず俺は驚いた。性の目ざめ、なのか?
”こりゃあ、淫乱な女に変身するんじゃないか。マグマの爆発かもな? 旦那の驚く顔が、目に浮かぶぞ。“
 壁の鏡に、女が映っていた。俺のすぐ後ろを、俯き加減で歩いている。上目遣いに俺を盗み見しているように感じられる。女は、片手ずつで乳房と花園を隠していた。男ならば両手で股間を隠すのだが、女はそうしないのか。
 バスルームに入ると、すぐに浴槽に湯を流し込んだ。少し大きめのバスタブだ、窮屈ではあるが二人入れないことはない。
お背中を流しますわ。
 小声ではあったが、はっきりとした口調で女が言った。
「そうだな。じゃあ、頼もうか。」
 強すぎず、弱すぎず、適度な力で女はこすり始めた。背中を洗い終わると、おずおずと俺の手をこすり始めた。俺はわざと腕を斜め前方に上げた。必然的に女は前屈みになる。俺の背中に、女の乳首が軽く当たってくる。何とも良いものだ。心地よさが身体を包んでくる。もう片方の腕をこすり始めた折りに、更に前方に腕を伸ばした。俺の意図に気付いてか、女はピッタリと乳房をすり付けてきた。女の心音が、早鐘のように激しくなっていた。腕をこする力が弱くなり、吐息らしきものが漏れ始めた。俺はすぐさま体を入れ替えると、女を膝の上に抱え込んだ。
「あっ。」
短い声を発しながら、俺の首に両手を巻き付けてきた。俺は女の頬を両手で挟むと、荒々しく女の唇に吸い付いた。
 
「旦那とは、バスルームでプレイするのかね?」
 意地悪な質問を浴びせたが、俺の悪い癖だ。自ら身体を開いてくる女では、興奮度が落ちてしまうのだ。嫌がる女や、快感から逃れようとする女を攻めるのが好きなのだ。『レイプが、最高のプレイだ!』そんな思いが、頭から離れない。
「いや!言わないで!」
 初めての、激しい口調だった。少しの罪悪感はあるのだろう。俺は、更に責め立てた。
「どんな風に、あんたを攻めるんだい。じっくりと、前戯をしてくれるかな?」
 女は言葉を発する代わりに、頭を何度となく振った。
「旦那がしてくれないことを、これからしてあげようか。」
 なおも俺は、旦那という言葉を使った。どうしても、女を現実世界に引き戻したいのだ。女の理性を働かせたいのだ。もっと言えば、抵抗させたいのだ。『レイプ』…そう、『合意の上のレイプ』にしたいのだ。どんな理由を付けようと、これは不倫なのだ。治療という名前の、不倫なのだ。そもそも俺は、治療などとは考えていない。女にしても、こんな事になるとは想像もしていなかったろう。相談にきたのだから、話を聞くだけと思っていた筈だ。
 女の反応が変化した。理性を取り戻したのだろう。激しく抵抗し始めた。
「先生、ごめんなさい。大事な用事を忘れていました。すぐに帰らないと。申し訳有りません。後日、お礼に伺いますから……」
 しかしそんな言葉は無視した。力任せに女を組み敷くと、激しく動かす女の腕を脛で押さえ付けた。
「先生、先生。お願いです、帰してください。大変なことになるんです、ホントに。」
 涙声で、女は嘆願してきた。俺は、相槌を打ちながら、タオルで女の腕を縛りあげた。
「そ、そんな、先生。止めてください。……訴えますよ、警察に。」
「警察? いいとも。レイプされました、とでも言うのかね。バスルームまでついてきたあんたが、そう言うのかね。」
 俺は、勝ち誇ったように告げた。そして女の身体を抱き上げると、バスルームを出た。女は、激しく足をばたつかせた。縛られた両手で、俺を激しく叩きもした。
「おとなしくしなさい。落としてしまうぞ、これじゃあ。」
「後生です、先生。こんな形では、先生のことを嫌いになってしまいます。どうぞ、もう許してください。お礼は、必ず致します。今は持ち合わせがありませんが、きっと後日まとまった金額を持参致しますから。許してください。主人とは、仲直り致します。きっと、仲直り致しますから。どうぞ、……先生……お許し下さい。」
 女は、足をばたつかせることを止め、両手で叩くことも止めて哀願してきた。
「金だって?そんなものは、いらんよ。こっちから出してやる。仲直りだって? そうじゃあ、ないだろう。欲求不満の解消だろうが。旦那のセックスが下手だから、ここに来たんだろうに。」
 俺は、女の耳元でそう囁いた。女は顔を背けて、「違います、違います。こんなこと……、違います。」と、何度も叫んだ。
 小柄な女であることが、俺には救いだった。ベッドに女を放り投げると、壁に立てかけてある特製の棒を手にした。アダルトショップに特別注文した棒で、両端に足首をくくりつけられる器具を取り付けてある。小説のネタ用に取り寄せた物だが、まさか本当に使うことになるとは思っていなかった。女の顔が、引きつり始めた。
「いやっ、いやあぁぁ!」
 ばたつかせる足を掴むと、「変に動くと、痛い思いをするぞ。」と、ドスの利いた声を浴びせた。そして片手ずつベッドの端に結びつけて、大の字にした。
「いやっ、やめて。もう、やめてください。」
  女の力無い声が、部屋に響いている。腕にだるさを覚えている俺は、ベッドの端に腰を下ろしながら一服した。
”嫌よ嫌よも好きの内、さ。“
 そう嘯きながら、一片の罪悪感も感じない自分に、我ながら驚いた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」と、呪文のように呟いてる。誰に対する謝罪の言葉なのか、俺への嘆願かそれとも旦那への思いか・・。女の目尻からは、涙の筋が途切れることなくこぼれていた。その涙を舐め上げると、激しく女が頭を振った。
「獣!」
「けだもの? なら、もっと獣らしくするかな。おいおい、濡れてるじゃないか。」
 陵辱されているというのに、俺に性感を高められているのだ。次第に眉間にしわを寄せて、苦悶の表情を見せ始めた。女の快楽というのは天井知らずだ。男以上の快感を得られるらしい。おかしなことだが、俺は女に対しジェラシーらしきものを感じた。
「乳首を、俺の乳首を舐めてくれ。」
 女は言われるがままに、身体を折り曲げて俺の乳首に舌を這わせてきた。丹念に舐め回してきた。窄めた舌先で転がしたり、口に含んだり、軽く噛むことも忘れはしなかった。快感の波が、俺に押し寄せてきた。

「ありがとうございました。初めて、女の悦びを教えていただきました。」
 俺は無言のまま、女の身支度を見ていた。気怠そうに立ち上がった女のシミーズ姿(今風に言えばスリップか?)は、妖艶さを漂わせていた。終わったばかりだというのに、俺の逸物がムクムクと蘇り始めた。我慢の出来なくなった俺は、身支度の終えた女を羽交い締めにして、うなじに唇を這わせた。
「えっ?! せ、んせ、い…」
「のぶこ、さん、だったね。未だお礼を貰っていないよ。」
 何か言いたげにする女の唇を塞ぎ、ブラウスの胸元辺りのボタンを外した。そして手を滑り込ませると、ブラジャーの上から尖った乳首を愛撫した。女の身体から力が抜け、俺の腕の中に崩れ落ちた。
「ほらほら、のぶこさん。なにをためらう? もう少しいい気持ちになろうや。自分を解放しなさい。あんたは真面目すぎるんだ。だからね、旦那さんも逃げるんだ。分かるかい? わたしの言ってる意味が。」
「せ、せんせ、わたしね、わたしね、……」
「どうした? うん? どうして欲しいんだ、うん?」
「一度だけでね、いいと思ってたんです。主人がイッテくれればそれでもういいと思ってたんです。主人が満足してくれれば、それで終わりだと思ってました。でも、せんせぇは…何度もわたしをイカセテ、悪いヒト。でも……」

「タクシー代にしなさい。」
 財布から取り出した札を、女は軽く頷きながら受け取った。
「あのぉ、又治療に伺ってもよろしいでしょうか……」
「うん? そうだな…。まっ、田坂に連絡しなさい。」
 上気した顔の女に、俺は慇懃に答えた。十分に堪能し尽くした俺は、女に対する劣情も薄れ始めていた。
「ありがとうございました。」
「あぁ、ごくろうさん。」
 ベッドに横たわりながら、冷たく言い放った。
”あの女、大丈夫か? いきなりの変身では、旦那が眼をクルクルさせるんじゃないか? いやいや、馬鹿じゃないだろう、あの女も。頼むから、小出しにしてくれよ。“

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