其の二

 「先生、先生!」と編集員の田坂に肩を揺すられて、我に返った。
「どうしたんですか、先生。何度声をかけても、返事されないなんて。」
「いゃあ、すまん。少し寝不足でね。ぼーっと、していた。」
 田坂は、隣に座るお気に入りのホステスの肩に手を戻すと、
「ほらっ、ミドリちゃーん。サービスが悪いよ。先生、退屈してるよ。大事な先生なんだからさ。頼むよ、ホントに。」 俺の隣に座っているホステスに声をかけた。
「先生、新人なんですよ。勘弁してやってくださいな。ホステス業は、初めてらしいんですわ。旦那がね、失業中でしてね。これから、可愛がってやってくださいよ。」
「よろしくお願いします。」
 消え入るような小声で、ミドリは俺に名刺を差し出した。俺は、受け取った名刺を一瞥すると
「あぁ、そう。初めてなの、そうなの。」と、わざと素っ気なく答えた。本音を言えば、好みのタイプだった。少したれ目なのが良い。それに、団子鼻とまでは言わないが、末広がりの鼻もいい。たれ目とのバランスが良い。そして唇、これは悩ましい。やゃ厚めの下唇が、俺の琴線に触れてくる。食べがいがありそうだ。それに、翳りのある表情が何とも言えない。

 未経験というのは、本当のようだ。場を盛り上げようと言う意志が、まったく感じられない。唯々、先輩ホステス達の会話や仕草を見ているだけである。ミドリが時折見せる愛想笑いは、ホステスとしては失格だ。作り笑いであることが、丸見えだ。もっとも、ホステスとの会話など、俺に出来るわけがない。生来、他人との交わりが苦手な俺だ。女を笑わすなど、未だ嘗て一度もない。
”どうしてお客である俺が、ホステスのご機嫌をとらなくちゃいかんのだ!“と、考えるからだめなのかもしれないが。
 それにしても最近のホステスは、質が落ちた。お客をお客と思っていない、ただ己の若さを自慢するだけだ。グラマラスな肢体を、これ見よがしに誇るだけだ。グラマラスという言葉は、今はもう死語か?今風に言えば、巨乳か。驚かされるのは、最近のカップサイズだ。これはどうしたことか。一昔前ならば、Cカップと聞けば「おぉっ!」と思ったものだ。今では、EどころかF・Gカップまでもあると言う。
 しかしあんなものは、大きければ良いという物じゃない。巨乳と言えば聞こえは良いが、どうしたって垂れてしまうじゃないか。ドテッ!とした、感じだ。確かに、ブラジャーを着けている時はいいだろう。胸の谷間は、見ていてググッ!とくる。しかし外してしまえば、ダラリじゃないか。ツン!と、上向きの方が良いに決まっている。少々小ぶりでも、質感さえあれば良いんだ。少し固めで、指で押した時に、ボン!と弾かれる方が良い。
 まっ、本音を言えば大きい方がいいさ。手からこぼれる程の、巨乳が良いに決まっている。麗子だ、未だ麗子に対する未練がある。巨乳の女性を見る度に、麗子の面影を追ってしまう。だからどうしても、引いてしまうのだ。

 麗子、……か。
 俺はテレビが嫌いだ。特に深夜のお色気番組などは、見ていて反吐が出る。実の所、俺のテレビ嫌いは麗子が画面の中にいるからだ。今の麗子は嫌だ。麗子を見たくない訳ではない。今でも、逢いたいという気持ちは強い。何故って? 今の麗子が、本当の麗子じゃないからだ。セクシーさだけが強調されている麗子は、麗子じゃない。 俺だけが知っている本当の麗子は、もっと光り輝く太陽のような女だ。内側から滲み出る妖艶さを、誰も気付かないのか! 凛とした気品に気付かないのか! 男を迷わせる所作に気付かないのか!
 それに比べて……。まあ確かに、肌のきめ細かさは若い娘ならでは、だ。しかし、不摂生な生活を送る女のそれは、だめだ。やはり、肌が荒れている。それに、乳首の桜色は望むべくもない。花園もドドメ色だ。もっとも、俺が相手したホステスだけかもしれないから、確かな事は言えないが。とは言っても、若い女のエキスは良いものだ。匂いからしてが、違う。年増になればなる程、すえた匂いがする。まっ、俺にしてからが親父臭が漂っているだろうから、お互い様か。
 すえた匂い、言い換えれば母親の匂いかもしれん。子供の頃にはその匂いを嗅ぐだけで、何故かしら安心したものだ。小学五年か六年だったと思うが、こんな話を聞いた。
「夜中に、歯が痛み出してさ、参っちゃったよ。俺んち二人とも夜の商売なんで、姉貴は遊び歩いてるし。俺一人なんだ。でさ、仕方ないから歯磨きしちゃった。痛いところを念入りにゴシゴシって。少しは紛れるんだけど、痛いのには違いないだろ? お袋が帰ってきたら、ワーワー泣いちゃった。布団の中でグッと抱きしめてもらったら、不思議なんだ。痛みが取れてきた。ククク、お袋の匂いって、薬なのか?」

 お袋か……。音信不通になってから、もう何年になるか。ま、勝手に生きてるだろうさ。どうしてなのか、あの当時はまるで分からないことだったが。家族間でえこひいきと言う言い方も変だが、ひどいものだった。
「母さん、ごめん。今回のテスト、90点だったよ。」
「おやおや、そんなに難しかったのかい?」
 俺が90点を取ると「やさしかったんだね。」と、冷たくひと言だ。
 兄が生徒会長に選ばれた折には、「そりゃ良かったねえ。内申点が上がるよ、きっと。」と、喜んだ。俺が作文で花丸をもらい、嬉々として母親に見せた時があった。しかしチラリと一瞥しただけで、「そんなもの、一文にもならない!」と、そっぽをむかれた。
 しかしそんな自慢の息子が、大学受験に失敗した。温室育ちの兄には耐えられない屈辱で、発表の夜に自殺してしまった。母親の嘆きようは凄まじく、三日三晩泣き通しだった。しかし俺は、まるで悲しくなかった。それ以上に母親に対して、ザマァミロ! と心の中で呟いていた。
 進路問題での三者面談、母親を呼ばなかった。聞くまでもない、と考えた。
「行けないよ!」と言われるのが恐かったのかもな。
「母子家庭なので、仕事を休めません。」
 嘘を吐いた。そして教師の勧めも聞かず、就職を選んだ。せめてもと定時制高校に入ることを約束させられた。とに角一刻も早く、母親から独立したかった。逃れたかった。

「ほんとに先生は苦労されたんだよ。」
 しみじみと言う田坂に、話を合わせようとミドリが日和ってきた。
「ひどいお母さんねえ、こんな良い子を。ヨシヨシ。」
「なに! 母親の悪口を言う奴は、許さんぞ! 世の中広しと言えども、母親の悪口が許されるのは、俺だけだぞ! 母親が俺を嫌うのは、いや憎むのはな……。田坂よ。辛いぞ、俺は。父親が死んだのは、俺のせいなんだ。俺が熱を出したが為に、救急車を誘導したが為に、父親は死んだんだよ。雪の夜でな、雪に隠れた縁石に足を滑らせたんだよ。頭を強く打って、その上救急車に轢かれてな。死んじまったんだ。」
 不覚にも、おいおい泣いてしまった。皆驚いたろうけれども、中々止まらない。その涙には、俺自身がまったく閉口した。
「田坂。日本人のチンチンは、平均で何センチだ?」
「はぁ? いきなり、なんですか?」
 確かにびっくりだろう。何の脈絡もなくの、突然の問いかけだ。
「いや、ちょっとな。」
 しかし俺には重大事だ。この間から気になっている事なのだ。大げさに言えば、俺のidentityに関わる事なのだ。
「なになに、おチンチンの話? あたし、大好きよ。」
 田坂お気に入りのエリが口をはさむ。
「こらこら、そう言うことじゃない。」
 すぐに田坂が、身を乗り出してくるエリを押し留める。
「縮こまっている時というのは、どれ位だ?」
「先生、マジな話なんですか?」
「あぁ、大真面目さ。」
「なになに、先生のチンポコが小さいか、ってこと?」
「こら、お前は口をはさむな。先生は小説のネタ……、なるほど!」
 さも感心したと、ポンと膝を叩いた。
「そう来ますか。うんうん、いいじゃないですか。そう言うのは、無かったでしょう。コミカルに行きましょう。これは、シリアスには行けませんね。」
 田坂が興奮気味に、早口でまくしたてる。
「大体ですね。今まではスーパーマンみたいな男ばかりじゃないですか。ベッドインすると、女は必ずよがるわけですよ。オーオーと叫ぶか、ワーワーと泣くか、どちらにしても感極まるんですね。でも、実際は違うでしょ?そんな激しいセックスなんて、まず無いですよ。会社に電話が入るんです。こんな風によがれないのは、不感症なんでしょうかって。大丈夫です、小説だからのことですからって言うしかないじゃないですか。そうしたら、嘘をホントみたいに書かないでくださいって。先生、笑い事じゃないですよ。その手の苦情ときたら、先生の作品が一番なんですから。」
 身振り手振り大きく、そしてエリを抱え込んでの田坂だ。
「こいつです、こいつもですよ。『小説みたいによがらせて!』なんて、毎回ですもん。勘弁してほしいですよ、まったく。」
「だってさ。田坂ちゃん、自分だけなんだもん。今度、センセにお願いしょうかしら。」
 と、片目をつぶる。
「お前みたいな姥桜を、先生が相手にするわけないだろうが。先生はピチピチがお好みなんだょ。ね、先生。」
 エリの持つビールを取り上げて、一気に飲み干した。
「そりゃ、悪うござんしたわね。どうしてもね、このショーバイやってたら、肌は荒れるからね。お酒焼けもしちゃうしさ。」
 確かにそうだ、不摂生な生活を送っているのだ、当たり前のことだ。このミドリにしても、そうだ。生活に疲れているのだろう、肌に生気がない。本来ならば、ふるいつきたくなるような肌だろうに。白い肌が、ピンク色に上気している。横目で盗み見しながら品定めをしている内に、ムラムラと俺の心に沸き立つスケベ心が頭を持ち上げてきた。

「おぉ、Nature call me だぁ!」と、俺は席を立った。
「ほら始まった!」と、皆がお互いに目配せをしあった。その中で、ミドリだけがキョトンとしている。一同大笑いとなったが、エリがミドリに声をかけた。
「ほらっ、ミドリさん。先生、トイレに行くのよ。ご案内してあげて。」
 慌ててミドリが、俺を追いかけて来た。
「ミドリ!さん 先生は酔ってらっしゃるから、お世話をよろしくね。」
 エリの声が、俺の耳にも入ってきた。田坂の声もする。
「先生、ごゆっくり!」
 俺の意図に気付いている二人に、俺は片手を上げて応えた。そしてそのまま、俺に追いついたミドリの肩にその手を回した。わざと足がもつれたようにして、体をミドリに預けた。小柄なミドリは、俺を必死に支えてくれた。
「あぁ、すまんね。少し飲み過ぎたようだよ。」
「大丈夫ですか? 歩けますか、先生。」
 俺の演技であることに、まるで気が付かないミドリは真顔で尋ねた。そこかしこのホステス達が、クスクスと笑っている。
「こちらですよ、先生。」
 右に左にとふらつく俺を、ミドリはしっかりと支えながら誘導した。ミドリの少し骨張った肩は、俺の失望感を誘った。しかし、ふらついた折りに触れた乳房は、思いの他重量感があった。しかも、どうやら子供を産んでいないようだ。年齢の割には、固さがある。“こりゃあ、美味しいかもな。”と、ついほくそ笑んだ。

「ちょっと待ってください。」
 俺を壁にもたれかけさせると、ミドリはドアを引いた。この店のトイレは、席数の割には広い。ホステス達の化粧直しの場であると共に、しばしの休息の場でもあるのだろう。ドアを閉めると、店内の喧噪が嘘のように静かだ。といって無味乾燥な訳ではない。壁には、これ見よがしに外人女性のヌードポスターが所狭しと貼られている。
「貴方が、王様!」
「今宵かぎりの、アバンチュール!」等々、ポスターに書き殴られてもいる。悩ましげなムード音楽も流れていた。
先生、どうぞ。私、外でお待ちしますから。
 聞き取れないほどの小声で、ミドリが俺に告げた。勿論、一人で用は足せる。しかしそれでは、何の為かわからん。俺はわざと、床に崩れ落ちた。驚いたミドリが、俺を抱き起こしに来た。
「おぉ、すまん。すまんついでに、手伝ってくれんか。」と、ミドリの耳元で囁いた。ミドリは、その意味が分からぬらしく
「えっ? お手伝いと言いますと……」
 俺の顔をまじまじと見つめた。
「うん。俺のおちんちんを、引っぱり出してくれ。どこかに、お隠れになっているようだ。」
 ミドリに抱きつくようにして、俺は言った。ミドリの体が硬直し、「でも、それは……」と、更に小声で答えてきた。
「頼むよ、礼はするから。」
 そう言って、ポケットから無造作に一万円札を一枚取り出した。そしてその札を、ミドリの胸元にねじ込んだ。ゆっくりとした動作にしていたから、ミドリにはその札がはっきりと見て取れた筈だ。それが証拠に、ミドリはそのままの姿勢でいる。数秒間の無言の後、ためらいつつも「失礼します。」と、ファスナーに手を伸ばしてきた。俺はミドリに抱きついた姿勢のまま、ミドリの髪に顔を埋めた。
「旦那さん、失業中だって? 大変だなあ。それにしても、こんなピンクサロンで働かされるとは。可哀想に、なぁ。」
 悪戦苦闘の末に、おずおずとミドリの指が俺の逸物を引っぱり出した。不思議なもので、尿意などまるで無かったのだが、チョロチョロと出始めた。
 ミドリには、屈辱以外の何物でもなかったろう。僅かな金員の為に、さながら奴隷のような扱いを受けているのだ。しかし俺は、そこで矛を収めるつもりは更々なかった。ポケットからまた札を取り出すと、ミドリの胸元にねじ込んだ。そして手のひらを返すと、ミドリの乳房をグッと握りしめた。一瞬顔をしかめたミドリだったが、抵抗する素振りはみせなかった。
「どうだい。ついでに、拭き取ってくれんか。いやいや、紙じゃない。その口で、だ。」
 胸元には、二枚の札が入っている。
”拒否すれば、全て取り上げられる。“と、考えている筈だ。少しの間の後、無言のままミドリは腰を落とした。余程に困窮しているようだ。もっとも、こんな俺の理不尽な要求を拒否した女は、未だ嘗て一人も居ないが。俺は上から見下ろしながら、征服感を楽しんだ。一盗二卑が、昔から男の至上の遊びとされている。今、その二つの事を、俺は楽しんでいるのだ。

 汗なのか涙なのか、キラリと光るものがミドリの頬を伝わった。
「もういい、もういい。」
 俺はミドリの肩を軽く叩き、解放してやった。しかし、それで終わらせる積もりはない。そのまま胸元に右手を潜り込ませた。立ち上がったミドリに後ろから覆い被さると、左の手でミドリの首を俺の方に向けさせた。そして、荒々しくミドリの唇に吸い付いた。真一文字に閉じられている唇だったが、無理矢理こじ開けて、俺は舌を滑り込ませた。
いや……」と、小声で拒否するミドリだったが、俺は執拗に求めた。しばしの格闘の後、ミドリは俺の意に従った。その途端に興が冷め始めた。ならばと、左手をミドリの太股に這わせた。超ミニのドレスで、容易に手がミドリの秘部に届いた。店の指示なのであろうが、申し訳程度の小さな下着だった。その中に手を潜り込ませた。
「いやっ!」
 短い言葉と共に、俺の腕を振りほどいた。さすがに、そこまでの覚悟は出来ていないようだ。しかし、その場に立ちすくんだままでいることは、やはり、ミドリにとっては多額の金員が功を奏したのだろう。俺は素知らぬ顔でミドリを後ろから抱きしめながら、耳元で囁いた。
「どうした、不足か? あれだけでは。お前にならもう少し出してもいいぞ。年齢は幾つだい?」
 体を強ばらせながらも、俺に抱かれたままのミドリだった。少しの沈黙の後に、絞り出すような声が出た。
 「二十四、……。いえ、もうすぐ五になります。」
俺はミドリの乳首を指で転がしながら、首筋に舌を這わせた。もう、何の抵抗もない。為されるがままにしている。少し汗ばみ始めた肌が、心地よい。手に吸い付くような感触を、俺は楽しんだ。
「あのぉ、ここでですか……。」
唇を離すと同時に、ミドリが聞いてきた。
「ホテルだ。店長に話をつけさせるから、田坂に。すぐにだ。」
 ミドリは軽く頷くと、俺に従った。

 ホテルに着くなり、俺はミドリに対して全裸になるよう指示した。
「本当に、また、頂けるんですよね。」
 背中のジッパーに手を回しながら、ミドリは俺に問いかけてきた。
「あぁ、大丈夫だ。」
 ポケットから八枚の札を、テーブルの上に置いた。ミドリの視線が、その札に突き刺さった。
「お前さん次第では、全部やってもいいんだ。楽しませてくれたら、な。さあ、脱ぎ終わったら、こっちに来るんだ。」
 これで都合、十万円である。高い買い物ではある。それ程の価値が、この女にあるとは思えない。しかし大枚の金員をはたく遊びがどれほどに面白いものか、どれほどに人間の裏を見せるか、自虐的な思いがつまった遊びだ。
 覚悟を決めたミドリは、おずおずと俺の前に立った。恐らくは初めてのことなのだろう、小刻みに体が震えている。俺は舐め回すように、ミドリの肢体を楽しんだ。あばら骨の浮き出ている体だったが、乳房の張りは保たれていた。くびれた腰やツンと上向いた尻が、俺の食欲をそそる。
”思った通りだ。久しぶりの上物だ。ついてるぞ、俺は。しかし馬鹿な男だ、この女の夫も。上質の女だということに、気が付いていないのか。“と、思わず舌なめずりをした。
 俺はミドリの正面を堪能した後に、後ろに回った。そしてミドリの腰に手を回し、なめくじが這うように手を滑らせた。両手でミドリの乳房を揉み上げながら、首筋に舌を這わせた。ビクリ!と、体が強ばった。
「そんなに緊張しなくていいさ、取って食おうという訳じゃない。さあ、ここに座りなさい。」と、ソファを指さした。
 無言のまま、ミドリは座った。隣に俺が腰を下ろすと、ミドリは少し体をずらした。俺はすかさずミドリの腕を掴むと、俺の膝の上に上半身を倒した。
「あっ。」
 短い声を発しながらも、抵抗することはなかった。顎の両側を指で押さえながら、口元をうっすらと開けさせた。真っ赤なルージュの中から、白い歯がのぞいている。店では、あれ程に拒絶していたミドリだが、今は積極的に応じてきた。テーブルの上に置いた札が利いたようだ。考えてみれば、これ程の屈辱はないだろう。レイプされる方が、まだしもかもしれない。己の意志に反した行為を、させられるのだ。肉体に危害を加えられるのではなく、強要されているわけでもない。拒否することは出来るのだ。しかし魔力をふりまく紙切れが、テーブルの上で光っている。ミドリの目に、しっかりと刻まれているのだ。

 俺にしても、レイプまがいの経験はある。嫌がる女を力ずくで奪ったこともある。ふらりと立ち寄ったバーで、名前も知らぬ女を口説いた。あの時はカメラマンだと偽り、下着姿を撮らせて欲しいと懇願した。
「ヌード写真はイヤよ!」と言う女に、「下着フェチ用の写真だから。」と、納得させた。あれは、ヌード写真家を題材にした小説を書くために、田坂に用意させたカメラを受け取った夜だった。写真を撮る為のカメラではなく、雰囲気作りの小道具のつもりだった。それが、功を奏したのだ。幾ばくかの謝礼をするからと、口説き落とした。当時、某週刊誌に“あなたのおっぱいを見せて!”といった企画が掲載されていた時だった。その女もそのことを知っていたらしく、俺の虚言を信じたようだ。
 ラブホテルの一室に連れ込んだ俺は、フィルムの入っていないカメラのシャッターを押し続けた。スーツ姿から撮り始め、一枚ずつ脱がせていった。プロ写真家の仕事ぶりを見学した俺は、
「良いよ、それ。うん、良い表情だ。」
「そうだなぁ。もう少し、体を動かしてみて。そう、そう。」
「今、何歳? えぇっ、二十一? 色気があるねえ、驚いたな。男が放っとかないでしょ。選り取りみどりなんだ。」 速射砲のように言葉を発しながら、女に考える余裕を与えなかった。
「うんうん。素敵だねえ。よし、ちょっと休憩しようか。疲れたでしょう、ねえ。」
 田坂に用意させた、これも小細工用の生写真を取り出した。今が旬のタレントだった。
「この娘、知ってるかな? つい先日にね、撮影したんだよ。」
 女の顔が、一変した。それまでの、どこか見下した観のあった表情が消えた。
「肌なんか、やっぱりきれいなんでしょうね。」
 ぞんざいな口調から、一転した。
「うん、綺麗は綺麗だけどさ、どこか造られた感じがするんだよね。君の肌の方が、よほど綺麗だよ。エステに、通ってるのかな?」
 女の二の腕を掴んで、しげしげと見つめた。ビクリと体を強張らせはしたものの、さすり上げる俺の手を振り払うことはなかった。
「とんでもないです、そんなお金、、、ありませんから。」
「えぇっ! そうなんだ。それじゃあ、エステに通えば、すっごいことになるねえ。女優さん並になるんじゃないかな。」
 見る見る、女の顔が上気してきた。じっと見つめる俺の視線に耐えられなくなったのか、女は俯いた。
「さ、それじゃあ、再開しょうか。」
 下着姿になった女に対し、前にも増して声をかけた。羞恥心が出ないようにしなければ、思いつく限りのグラビアアイドルの名前を連呼した。あらかじめ暖房を効かせ、汗だくになるように仕向けていた俺は「暑くなってきた。こんなに入れ込む相手は居ないよ。」と、俺自身も下着姿になった。怪訝そうな顔を見せた女に、
「いゃあ、掘り出し物だよ。おぉっと! 物だなんて、ごめんよ。でも、初めてだよ、燃えるぜぃ!」と、女の優越感をくすぐった。女は、軽い疲労感と俺のほめ言葉に、ハイな精神状態に入っていたようだ。堅かった言葉づかいも、次第にタメ口に変化した。

 頃は良しと考えた俺は、「ねえ、いっそのことヌードも撮ろう。君みたいな魅力的な女性は、そんじょそこらには居ない。モデル顔負けだよ。」と、水を向けた。
「いやぁよ。ヌードは、だめよ。」
 動きを止めることなく、女は答えた。しかし、満更でもなさそうな表情を見せている。プロポーションには、自信を持っていそうだった。もっともだからこそ声をかけたのだ。
「勿体ない、勿体ないよ。犯罪だよ、それは。君は、世の男性の夢を奪うつもりかい? だめだよ、彼氏だけに見せるのは。居るの? 彼氏は。」
 俺は、女の下に潜り込んだ。そして、後ろ側からシャッターを押しながら「少し、反ってみて。背中の線もいいねえ。ググッとくるぜぃ!」と、押しまくった。
「イヤだ、居ないわよ。居たら、こんなことしないわ。」
 俺は、ここだ! とばかりに、撮影を止めた。
「誉めてばかりじゃ、だめなんですよ。ビシッ! と、怒ることもしなくちゃ。尊敬させることも、大事なんです。命がけで、写真を撮っているんだってことを分からせることも必要なんです。」
 プロカメラマンの信条を、ここで使うことにした。
「冗談じゃない! こんなこととは、なんだ!俺は真剣なんだ。命をかけてるんだ。世の男達の為に、命を削ってるんだ!」
 俺の剣幕に驚いた女は、慌てて「ごめんなさい。そんなつもりじゃないんです。ごめんなさい、ホントに。」と、涙声になった。
 俺はカメラを置くと、「ごめん、ごめん。大きな声を出しちゃったね。ごめん、ごめん。」と、女の肩に手を置いて、一転して優しい言葉に変えた。
「君の裸を、みんなが待ってるんだよ。素晴らしいんだ、それ程に君は。魅力的なんだよ。」
 女の耳元で囁きながら、俺は当初の目的に移った。
「ステキだよ、君は。もう、メロメロだ、実際。」
 女を抱き寄せた。異様なムードに気づいた女がたじろぐ間もなく、俺は女の唇に吸い付いた。そしてブラジャーの肩紐を外し、しっかりと抱き締めた。そしてそのまま、ベッドの上に押し倒した。ベルトで女の両手を縛り上げると、「いやぁ、止めてぇ!」と、あらん限りの声で叫んだ。俺はそんな女の声にもお構いなしに、淡々と事を進めた。
「おとなしくしろ。痛い目にあいたいか!」
 ドスの利いた声を投げかけながら、女の頬を二度ほど平手打ちした。苦痛に歪んだ表情ながらも、「止めて!もう、止めてえ! 写真だけの約束だったじゃない!」と、必死の声を上げた。懇願するように、涙声になっていた。
「お願いです。誰にも言いませんから、もう止めてください。」

「あぁ、分かった。ちょっと入れるだけさ。な、ちょっとだけさ。」と、優しく猫なで声をかけた。
「あっ、あっ、あぁあ。少し、少しだけにしてくださいね。」
観念した女の言葉に、俺は
「あぁ、少しさ。少し動くだけさ。」と、徐々に挿入を深めた。
「えっ、まだ入れるんですか。えっ、えぇ……」
「大丈夫、大丈夫。まだ、入ってない。ほらっ、止めたよ。少しだけだろ、ねっ? じゃ、その代わりにキスさせて。」
女の抵抗が弱まった頃合いを見計って、女の唇に吸い付いた。
「ここまで、ですよ。ここ、うぅ、むむ……」
 激しくピストン運動を繰り返し、女の手が背中を激しく叩いても動きを止めなかった。次第に女の抵抗が収まり、俺の舌使いに積極的に応え始めた。女の手を縛っているベルトを外してやると、女は俺の背中にしっかりと回してきた。
「嘘つき! ホント、悪い男性ね。」
 甘ったるい声で、俺の耳を噛んできた。
「分かってたんだろう? ほんとうは。」 
 俺も又、女の耳を軽く噛み返しながら答えた。女は、少しはにかみながら「うぅん、ヌードまでは覚悟してたけど……。こんなことまでは、考えてなかったわ。キス位なら、とは思ったけど。」と、俺にしがみついてきた。現金なもので、抵抗していた女には猛然と滾った思いが、今は嘘のように引いていた。鼻白む思いさえ、感じ始めた。
”もっといい女に思えたが、見間違えたか。今夜は、外れたな。まあしかし、いいネタになった。“
 どうにも俺は、半端な女が嫌いなようだ。どうせなら、最後まで抵抗すればいいのだ。演技でも、いい。サメザメと泣かれた方が、良かった。気の抜けたビールを飲んだような、後味の悪さを覚えてしまった。

 金員の前に跪くミドリだったが、心中は煮えくり返っていることだろう。不可抗力だっと、逃げることはできない。自らの意志で、身体を開くのだ。それも、為されるがままに、ということではない。俺の満足度によっては、すくい上げた水がこぼれてしまうのだ。眼前にある金員は、どう足掻いても、明日の米の為には必要なのだ。不況の嵐が吹きまくる昨今において、己が稼がねば生活が成り立たないのだろう。
 それにつけいる俺は、非道な男かもしれない。しかしいつかは、このミドリにしても踏み込む道の筈だ。早いか遅いか、それだけのことだ。暫く後であれば、この屈辱感を味わうことは無かったかもしれない。そんな女を、俺は数多く見てきた。しかしそんな女ならば、これ程の札は出しはしない。人間としての尊厳を踏みにじるからこその、大枚なのだ。
 俺はミドリの身体から離れると、ゆっくりと紫煙をくゆらせた。突然のことに、ミドリは戸惑っていた。
「何か、お気に障りましたか?……」
「シャワーを浴びなさい。」
「はい。」
 ミドリは力無く立ち上がると、足を引きずるようにしてバスルームに向かった。鏡越しに見えるミドリは、シャワーの湯を顔にいつまでも浴びている。何度も、顔を手で拭っている。止まらぬ涙の、処理であろう。俺は受話器を取り上げると、フロントを呼び出した。その後、徐にバスルームに向かった
 そっと音を立てずに入り込んだ俺に、ミドリは気が付いていなかった。やはりのことに、押し殺した声で泣いていた。ミドリの境遇に同情はするが、さりとて大枚の金員を与えようとする俺とて、その代償は頂かなくてはならん。そっとミドリの後ろから、ミドリの乳房を鷲掴みにした。
「キャッ!」
嬌声を上げながら、顔を覆っていた手で俺の手を外した。しかしすぐに思い直すと、その手を乳房に戻した。俺はゆっくりとその乳房を揉み上げながら、首筋に唇を這わせた。ミドリの小さな、消え入るような声が、耳に届いた。
「あのぉ、ホントに頂けるんでしょうか……」
 まだ半信半疑のなのか、それともふんぎりを付ける為なのか、再度問いかけてきた。俺は、ミドリの耳元で囁くように答えた。
「あぁ、嘘は言わない。俺を満足させてくれた分だけ、やるよ。それが、少しになるかそれとも半分か、全部になるかは、ミドリ、君次第だ。」
 突如ミドリの身体が沈み、俺の視界から消えた。そして上目遣いで、俺の反応を確かめている。俺は無表情のまま、唯見下ろした。
「すみません、下手で……」
 俯いたままのミドリに、俺は冷たく言い放った。
「そうだな。これじゃ、ゼロだな。」
 わなわなと震えながら、「教えてください、がんばりますから。何でも、やります。兎に角、お金が要るんです。」と、涙声で訴えてきた。
「先生、お願いです。教えてください。」
 黙りこくっていた俺に不安を感じたのか、ミドリが俺に抱きついてきた。そしてミドリの方から、唇を重ねてきた。ミドリの舌使いが激しくなり、貪るように暴れ回ってきた。顔を右に左にと動かし、その度にお互いの鼻先がぶつかりあった。次第に俺の興奮度も増し、そのままの体勢で浴室を出た。
 どうも、久しぶりのセックスのようだ。それとも、感度のいい女なのだろうか。演技とは、思えない。
「旦那とは、していないのか?」
「あっ、あっ。止め、ないで、続けてえぇ!えっ?…、えぇ。最、近は、ごぶ、さたし、てます。ね、ね、だから…・」
途切れ途切れながらも答えたミドリは、乳首への愛撫をせがんだ。
「だめだ。俺を気持ちよくさせる、約束だろうが。」
 俺はミドリを下ろすと、ベッドから離れた。このまま突き進んでも良かったのだが、“この女は、もっと悶える筈だ。”と、フロントから取り寄せた二つのローターを手にした。一つは、一般的なピンク色の卵型の物だった。もう一つは、初めて目にする物だった。ピストル型の形状をしていた。ベッドに横たわっていたミドリに、ソファに座るよう指さした。ミドリは、うなだれたまま従った。
「これを使うんだ。」
 ピストル型のローターを手渡し、オナニーを命じた。ミドリは、「そんな…」と、口ごもりながらも渋々手に取った。抗することの出来ないミドリは、屈辱感一杯だったろう。

 ニョキニョキと乳首が勃起し始め、閉じられていた口から微かな吐息が漏れ始めた。抑えようとする気持ちとは裏腹に、肩が少しずつ上下し始め、愉悦の表情に変わってきた。乳首の先端を弾くようにすると、ミドリの身体がビクリと反応した。ローターを少し前に出すと、追いかけるように身体が前のめりになってくる。下を見ると、ミドリの手が激しく動いている。俺は乳首に当てていたローターを、円を描きながら乳房の外周に移動させてやった。
「はうぅ、はあぁぁ……」
 とうとう声が漏れだした。乳房から外し、上に移動させてみた。不満げな表情に変わり、トロンとした目で俺を見つめ始めた。ローターを肩から首へ、そして顎から下唇へ移した。ミドリの口が大きく開き、ローターを口に銜えてきた。と、俺の逸物が銜えられたかの如き錯覚に囚われ、得も言われぬ快感が俺を襲った。
 たまらず俺は、ローターを抜き取ると逸物を銜えさせた。押し寄せてくる波に耐えきれず、俺はソファの背に片手を付いた。そしてローターをミドリの乳首に当て、更なる刺激を与えた。ミドリの身体が大きくえび反り、俺の身体を押してきた。手にしていたローターを投げ捨てると、ミドリに持たせていたローターも捨てさせた。そしてミドリの身体を抱え上げると、だらしなく開いたままの口に吸い付いた。俺の首にしがみついていた手が、俺の背中を這い回る。
「あっ、あぁぁ。落ちていくぅ!」
 俺は一旦動きを止め、少し身体を離した。疲れを覚えたこともあるが、それよりも少し焦らせてやりたくなったのだ。まして、このまま動きを続ければ、早晩射精してしまう。”勿体ない。まだまだ、楽しませてくれよ。“と、そんな気持ちが働きもした。ミドリ自身も疲れを感じていたのだろう、放心状態のように見えた。急に喉の渇きを覚えた俺は、ミドリをベッドに横たわらせた。若い頃なら、このまま俺自身が昇り詰めるまで続けるところだ。しかしここ一・二年は、コントロールする事を覚えた。
 冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、熱くなった身体を冷やすべく一気に飲み干した。ミドリは陶酔感の中を漂っているのか、身動きしない。二本目の缶ビールを開けると、口に含みながらミドリに近づいた。荒い息遣いの半開きの口の中に、口移しでビールを注ぎ込むと、ミドリは喉を鳴らして飲み込んだ。
「ねぇ、もう終わりなの? まだ、いってないでしょ?」
 その言葉が心底からのものなのか、それともテーブル上の札を意識してのものなのか。詮索癖のある俺は、底意地の悪い言葉を投げかけた。
「ミドリ次第だ。」
「もっと……。欲しいの……。」
「何がだ? 金か? だったら、全部やってもいいぞ。」
冷ややかに、突き放すように、吐き出した。
「うぅーん、意地悪。蛇の生殺しよ、これじゃ。」

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