其の一

 カラリと晴れ渡った空に惹かれて、俺は久しぶりに外に出た。太陽の光を浴びるのは、何週間ぶりのことだろうか。窓のない穴蔵のようなマンションの一室で、日がな一日パソコンに向かい黙々とキーボードを叩く毎日を送っている俺だ。集中心に欠ける俺は、ちょっとした物音や光の影にすぐに反応してしまい、執筆を止めてしまう。その為に部屋の灯りを落とし、キーボードの上に光を当てている。
 灯りといえば、昨今流行りのLED電球に、可能な限り取り替えた。エコ意識に目覚めたというわけではないのだが、テレビを薄型に買い換えた折のエコポイントを利用してのことだ。
「電気代の節約になりますよ。」
という店員の言葉を鵜呑みするわけではないが、楽しみな気持ちが湧いてはいる。しかしこのLEDなるもの、どうにも機械的な光源のようで閉口する。光が冷たいのだ、温かみが感じられない。
「そうだ、そうだった。蛍光灯に切り替わった時も、そう感じたんだ。明るくはなったんだが、なんだか冷たく感じた。」
 思わず声に出してしまった。といって、相槌を打ってくれる者とていない。2LDKで、俺一人が生活しているのだから。

「先生、先生。面白い部屋があるんです。見に行きませんか?」
と、編集の田坂に連れてこられたこの一室だ。常識外れの、地下にある物件だった。
「ある資産家がですね、面白半分に考えたものなんですよ。アメリカ映画なんかで、ちょくちょく見るじゃないですか。地下室の部屋って奴を。そこに女性を監禁して云々という。いえいえ、その資産家さんは、そこまで考えたわけではないですよ。ただですね、ちょっと面白そうだと考えたらしいんですわ。といって自宅にそんなものを造るわけにもいきませんし。で、マンション建設時に思い切って……。ところが、奥さんにバレちゃいましてね。大騒動です。『浮気してるんでしょ!』と詰め寄られましてね。『入り口を塞ぎなさい!』です。でね、『借り手が居るんだ。』と言ったらしいんです。というところで、先生。如何です? 先生にピッタリだと思うんですよ。ここなら、気が散るなんてこと、ないでしょうから。アイデアなんかもですね、浮かび易いんじゃないですか? へへへ、実は社長なんですよ。家賃なんか、破格の賃料なんですよ。五万、五万円ですよ。セカンドハウスに私が借りたい位なんですけどね。ね、先生。お願いしますよ、入ってくださいよ。」

 熱心に勧めるわけは社長の御為か、と腹立たしくもあったが、確かに面白い。独り身で然もエロ小説家の俺には、確かにピッタリだ。田坂の言うように、窓から入り込む灯りにすら気を取られてしまう俺だ。車のエンジン音に聞き耳を立ててみたりする俺には、確かに持ってこいの部屋だ。移り住んで二年程になるが、満足できる部屋ではある。しかし動く物は俺の影だけであり、物音はキーボードを叩く音だけが響いている。時折、
”この世に生存しているのは、俺だけではないのか!“
と、考えてしまうこともある。冗談ではなく、
”俺の知らぬ間に核戦争が起きて・・“
などと不安にかられることも、しばしばだ。

「ピロロ、ピロロ。」
 久方ぶりに携帯が鳴った。あぁ、メールだ。誰からだ? ふん、編集の田坂に決まっている。あの男以外の誰が、俺にメールをくれるというのだ。せいぜいが、出会い系サイトからだ。しかしその出会い系サイトとも、きっぱりと縁を切った。理由? 話したくもない。空振りの連続だ。一度として、デートなるものにこぎつけられたことがない。で、縁を切ったという訳だ。
 今思い出しても、実に腹立たしい。無料の出会い系ではまるで来ないメールが、有料だとほぼ毎日届く。送受信共に、ポイントを使用する。さくらじゃないのか? と疑いつつも、せっせとポイントを購入した俺だ。もしかして? という気持ちを捨てきれなかった。
「お会いしたいわ。」
 簡単なメッセージが、来る。勿論俺は、すぐに返事を送る。
「明日は如何?」
「ちょっと、その日は都合が悪いの。他の日では?」
「都合のいい日を指定してくれ。時間も、合わせられる。」
「そんなこと、女の口からは言えません。」
 と、戻ってくる。
「逢う気がないんだね?」
「逢いたいんです、ホントに。」
 と、短く返ってくる。堂々巡りに終わってしまう。で、暫く放っておくと、
「冷たい人ですね。こんなに、燃えてるのに。」
 と、又メッセージが届いている。
「お小遣いが、ピンチです。」
 という、サイト内の掲示板に書き込んでいる女にメッセージを送ったこともある。金額を尋ねると、判で押したように
「おじさまの気持ちで、結構です。」
 と、メッセージが来る。
「片手で、どう?」
「片手って、いくら?」
 と、メッセージが返っている。分かりそうなものだろうに、と腹が立ってくる。しかし今の娘達には、通用しないのかと
「五万円だよ。」
「そんなに、いいんですか?」
「勿論だよ。おいしい食事をして、それから、ね。」
 焦れったく思いながらも、プロセスを楽しむ思いでいると
「どんな食事かなぁ?」
 と、聞いてくる。
「どんな食事がいいの? 好きなお店に連れて行ってあげるよ。逢うまでに、決めておきなさい。」
「うーん。リカには、分かんな〜い。」
 こんなメッセージの繰り返しが、延々と続く。で、やっと待ち合わせ場所を決めても、空振りだ。
「急に都合が、悪くなって。」
「場所を、間違えちゃった。」
「えぇっ、今日だった?」
 何度、煮え湯を飲まされたことか。あるサイトでのポイント切れを潮に、振り込みを止めた。その時点で打ち切りの筈なのに、ボーナスポイントだとポイントが追加されていた。と同時に、ポイント分のメッセージが来ている。その全部が、初めての名前だ。俺からメッセージを出した覚えのない名前ばかりだ。内容は、どれも似たり寄ったりだ。
「包容力のあるおじ様に、抱かれてみたい……」
 おかしいじゃないか。どうして俺が、おじ様だと分かるんだ? 年齢を特定できるようなメッセージを、掲載していないぞ。他の男のメッセージを、参考までに読んでみた。
「当方、二十代の独身です。」
「十代です。お姉さまに、色々教えて欲しいんです。」
 で、俺の書き込みはこうだ。
「素敵な出会いを、待っています。」
 結局一年ほど続けて、やっと終わりに出来た。そう、出来たのだ。

「原稿は? 打ち合わせ有り、よろしく。」
 打ち合わせだと! 俺をだしにして、あの店に行きたいだけだろうが。打ち合わせと言っても、
「最近刺激が弱いです。マンネリ化してませんか? もっとこう、股間が膨らむような内容にしてくださいよ。」
 人の苦労も知らず勝手なことばかりを言う。
「どうすりゃ良いんだ!」と言い返しても、
「それは、先生の感性にお任せします。何と言っても、先生はプロなんだから。」
 と、こちらにボールを投げ返すだけだ。冗談じゃない! 確かに、エロ小説を生業とはしている。しかし、そうそう面白い筋立てが浮かぶ筈もない。だから出会い系サイトに登録をしてみたんだ。兵の話を聞きはするが、ホントのことなのか? どうしたって疑ってしまう。まだ街をぶらついている折りの方が、チャンスがある。
 ふた月程前だったか、気分転換の為にと出かけた時だった。新宿御苑辺りだったか、信号待ちをしている俺の腕に、スルリと華奢な腕が滑り込んできた。誰だ?と横を見ると、十代後半らしき女が立っている。俺の視線に気が付いている筈なのに、前を見据えたままだ。振り払おうかと思ったものの、上腕部に当たる乳房の感触が心地良い。最近の若い娘の発育ぶりには、全く驚かされる。
「信号、青だよォ。渡らないのォ?」
 馴れ馴れしい声で、やっと俺を見た。一瞬、ギョッとした。まるでパンダだ。そうか、最近出没している山姥ギャルだ。
「渡ろうよォ、早くゥ。」と、両手で俺の腕を引っ張り始めた。
「あぁっ? 分かった、分かった。」
 俺は取りあえず、歩き始めた。山姥ギャルは前にも増して、俺の腕にしがみついてくる。年甲斐もなく、股間が膨らんできた。こんな、ガキに!と、思いはするものの、興味が湧いたのも事実だ。そろそろ四十の声を聞く俺だ。こんな経験はこの先滅多にないだろう。”ひょっとして知人の娘か?“と思い、恐る恐る聞いてみた。
「誰だっけ?」
「ミィちゃんだョ。おじさんわァ?」
 屈託のない返事が、返ってきた。どうやら初対面のようだ。暇つぶしになるかと考えた俺は、「キムタク。」と、短く答えた。
「えぇっ?」
 娘は足を止めて、まじまじと俺の顔をのぞき込んできた。
「嘘だァ!ぜんぜん違うジャン。」
 明らかに不満そうな声だった。俺は、毅然として言い放った。
「正真正銘、キムラタクヤだ。」
 訝しげに見上げる娘に対し、俺は言葉を続けた。
「目があって、鼻があって、そして口がある。少し造作が違うだけだろうが。」
「クククッ、まっいいか。ねぇ、ミィちゃんサ。今、お金が無いのォ。今夜泊まる所がないのォ。」と、力無い声で呟いた。
「そうか、お金がないんだ。そいつは困った、おじさんも持ってないや。マンションにならあるんだけれど。」
 軽い感覚で、俺は答えた。無論貸してやるつもりはない。言葉遊びのつもりだった。すれ違う者の視線が痛い。侮蔑の屋が飛んできている。しかし悪い気はしなかった。むしろ、誇らしく思えていた。数多歩いていた男の中から、この俺を選んでくれたのだ。
「お金はいらないィ! 泊まるところを探してるのォ。じゃあサ、マンションに泊めてよ、ネッ?!」
 俺の腕を左右に揺すりながら、その娘は、父親におねだりをするようにしてきた。
”マンションは不味い。後々、面倒になるかもしれん。“と、半ば疑いの気持ちを抱いた。まさかとは思うが美人局ということもある、と考えた。
「ちょっと、待てよ。昨日、臨時収入があったぞ。このポケットに入れたっけ……」
 娘の腕が絡む左腕を動かし、ジャケットの内ポケットを探すふりをした。実の所は反対側のポケットに入れてあるのだが、乳房の感触をより楽しむ為に、わざとしたのだ。
「あぁ、あったゾ。良か…」
 俺が言い終わらぬ内に、
「やったあァ。じゃあサ、ラブホに入ろう、そうしょう。」
 と、嬌声を上げた。思いも寄らぬ展開に戸惑いつつも、俺は娘に主導権を握られたままだった。

 部屋に入るなり娘は、
「お腹空いちゃったァ。ピザ、頼んでいいかなァ?」
 と、電話機を取り上げた。俺の返事を待たずに、勝手に注文している。有無を言わせぬ言動だ。苦笑いをする俺に対し、娘は言い放った。
「大丈夫だョおじさん。ちゃんとお返しはするからサ。ククク……」
「そりゃ、楽しみだ。どんなお返しかな? わくわくする。ミィちゃんだっけ? お小遣い、用意するからね。」
 娘のあっけらかんとした態度に合わせ、俺も軽い調子で言葉を返した。と驚いたことに、娘は真顔で怒り出した。
「お金はいらない! って言ってるでしょ! 彼氏がね、ケン坊って言うんだけどサ。ケン坊がね、いつも言うんだョ。『売春だけは絶対するな! 性を金で売る奴は、サイテーだ!』って。」
「それはおじさんが悪かった、ごめんごめん。」と謝りながらジャケットを脱ぎ始めると、娘はガラス張りの浴室に飛び込んだ。
「先にシャワーでも、浴びるゥ?」
 浴槽にお湯を出しながら、♪ふんふんふん♪と歌い始めた。今どきの歌に疎い俺には、さっぱりわからない。英語交じりの歌詞で、発音もはっきりとしない。唯、リズム感のあることだけはわかった。“それにしても慣れたものだ”と感心していると、浴室から出てきた娘が真顔で俺に言った。
「ミィちゃんねェ、初めてなんだョ。彼氏とは何回かあるけど、知らない人とは初めてなんだョ。」
“嘘を付け!信じられるか、そんな事。”
 そんな言葉が俺の顔に書いてでもあるのか、娘は言葉を続けた。
「ウソじゃないョ、ホントだョ。今夜は、トクベツなのォ。ケン坊と喧嘩してサ、アパートに帰るのもシャクだからァ。」
 言葉の抑揚が妙ちきりんで、しかも語尾を伸ばす話し方が俺には耳障りなのだが、この娘に関しては嫌ではなかった。むしろ心地よく聞こえてしまう。甘えられている、という感覚があるのだ。
「そうか、彼氏と喧嘩したんだ。」

 ベッドの端に座りながら、俺は娘の全身の品定めを始めた。背が低いことは分かっていたが、顔が小さい故か実寸よりは高く感じる。体型は痩せ型で、指の細さに驚かされた。手の平部が小さく、指が長い。ダブダブのトレーナーでは上半身の体型がわからないが、腕を組んで歩いていた折りの質感たっぷりの乳房が、腕に感触としてまだ残っている。
 そして又ダフダブのズボンのせいもあり、足についても判別が付かない。しかし、細くスラリとしているだろう。俺の好みとしては、ぽっちゃり型なのだが。しかし、楽しみではある。そんな妄想にかられている俺に、「こらァ、ジロジロ見るなァ。」と、俺の隣に座ってきた。
「ねぇねぇ、おじさんってナニジン?」
 そんな娘の質問に、俺は何と答えて良いのか分からず
「うん?」と、問い返した。
「仕事を聞いてるのォ。」
 口を尖らせて、娘が催促した。
「職業か? ははは、まぁ自由業だな。エロ小説を書いているんだ。」
「えぇっ! そんな風に見えないョ。会社の社長さんに見えたのにィ。」
 心底驚いたらしく、目をカッと見開いて俺をまじまじと見つめてきた。暫くの沈黙の後に「ウソだァ。だってェ、ひげがないジャン!」と、ケタケタと笑い始めた。俺にはエロ小説と髭が、どう結びつくのか理解できなかった。まぁ確かに、スケベ顔でないことは確かなのだが。クラブのホステスにも、“嘘つき!”と、言われてもいる。

 浴槽にお湯がたっぷりとなった頃、ピザが届いた。待ってました、とばかりに娘はパクついた。その食べっぷりは、まったく見事なものだった。余程に空腹だったのだろう、あっという間に食べ終えた。更に、俺のピザまで食べ尽くした。冷蔵庫から取りだしたビールを飲んでいた俺は、その食欲に唖然とさせられた。娘は俺の飲みかけのコップを奪い取るようにして、半分程のビールを一気に飲み干した。まるでジュースでも飲むようにだ。
「あぁ、おいしかったァ。」
 満足げにお腹をさすりながら、意識してかどうかは判然としないが、トレーナーの裾をめくり上げて風を顔に送り始めた。トレーナーの下から現れた可愛らしいおへそに、俺の視線が釘付けになった。
「あわてない、あわてないィ。ククク……。」
 まったく面白い娘だ。親子ほどの年の差があるにも関わらず、相変わらず娘に主導権を握られている。“まっ、いいさ。今の内だけだ。”と、俺は心の中で舌なめずりをした。
「さあ、お風呂に入ろっかァ。」
 俺の心中を見透かしたように、娘は勢いよくトレーナーを脱ぎ捨てた。やゃ小麦色の、きめの細かい肌だった。指で押せば、プンっと弾けそうな肌だった。思った通りに、CいやDカップサイズの乳房が現れた。すぐにもむしゃぶりつきたくなるような、お椀型だった。乳輪は小さめで、乳首も豆粒ほどの大きさだった。まだ発展途上といった具合だ。
「ブラジャーは締め付けられるようでキライなのォ。」
 そう言いつつ、見ているこちらが恥ずかしくなるような勢いで、ズボンを脱ぎにかかった。半分ほど下ろした所で、ベッドに座り込むと
「おじさんも、脱ぎなよォ。」
 と、催促してきた。
「そうだな。ミィちゃんに見とれてたよ。」
 俺も又、勢いよくシャツを脱いだ。自慢できる体型ではないのだが、幸いにも腹はまだ出ていない。もっとも、時間の問題かもしれないが。

 勢いよく流れるシャワーのお湯が、娘の肌で飛び跳ねている。流石に若い肌だ。そっと後ろから、娘の乳房の下に手を添えた。程良い重量感がある。娘は、素知らぬ顔で顔を洗っている。お湯が黒っぽくなって滴り落ちる。次第に、娘の素顔が現れ始めた。結構愛らしい顔だ。目や口が大きいものと思っていた俺だったが、案に相違して小さめだった。素顔の方が、数倍可愛らしいと思えた。
”どうしてこんな化粧をするんだい?“と喉まで出かかったが、やめにした。この場に相応しくない問いかけに思えた。これからのことを考えるに、娘を白けさせるわけにはいかない。
 あれ程口数の多かった娘だったが、ひと言も発しなくなった。ひたすらに、顔を両手で擦っている。娘の感度が上がり始めていることは、乳首の変化から手に取るようにわかった。米ほどだったそれが、豆粒大に変化していた。時折乳首を手で摘むようにすると、娘の身体がビクリと動く。人指し指で、乳輪の周りを円を描くように撫でても、やはり体が反応する。心なしか、娘の耳たぶがピンク色に染まってきたように見える。そろそろいいかな?と思いつつ、娘の首にまつわりついてる髪を掻き分けた。
「あっ!」
 小声ではあったが、確かに娘の口からこぼれた。俺は意を強くして、右手で娘の顔をグイと回した。苦痛に歪んだ表情ながらも、娘は俺の唇を受け止めてくれた。軽いキスを二、三度繰り返した後、強く娘の唇を吸った。娘の身体を勢いよく回転させると、娘の両手が俺の首に回された。俺も又、両の手で娘をしっかりと抱きしめた。娘の乳房が俺の胸に密着し、ビンビンに固くなっている乳首が心地よい感触を与えてくれる。
「はぁ、はぁ、」
 と、息遣いを荒くしている娘は、一旦外した俺の唇を貪るように求めてきた。娘から歓喜の声が漏れ始めた。体から力が抜け始め、俺の両手に重みがのしかかってきた。
「ベッドに行くかい?」
 俺の問いかけに、娘は答えることはなかった。荒い息遣いだけが、浴室に響いた。俺は、娘の両脇に手を差し入れて、引きずるようにしてベッドに倒れ込んだ。そしてうつ伏せの状態にすると、すぐさまバスタオルを取りに行った。身動き一つせずに、娘は俺を待っていた。スラリと伸びた細い足だった。
 しかし今は、眺めている余裕はない。娘の気持ちの高ぶりを下げさせるわけにはいかない。これが三十路の女ならば、大人の会話を楽しむ時間なのだが。すぐさまバスタオルをかけると、ゆっくりと足首から軽めのマッサージを施した。軽く撫でてみたり、少し強めにふくらはぎを揉んだりした。
 娘の背中の水気を取り除くと、ベッド横のテーブルからテイッシュペーパーを取りだした。それを軽く丸め棒状にした後、その先端部分で娘の背骨に沿って軽く撫でてやった。明らかに今まで以上の快感を感じたらしく、娘の体の海老ぞりが激しくなった。幾度か繰り返すと、娘はシーツを口に加えた。押し寄せる快感の波に必死に耐えているのが、手に取るようにわかる。
「どうだい? これが、大人の愛撫だ。大人の責め方だよ。」
 俺が娘に声をかけても、娘は唯々シーツを噛むだけだった。体が硬直している。こむら返しを起こしかねないほどに、足が突っ張っている。性急すぎたと考えた俺は、娘の身体を仰向けにした。そしてしっかりと抱きしめながら、軽いキスを何度も繰り返した。荒い息遣いの中で、娘はそのキスに積極的に応えようとする。しかし俺はその思いに応えることなく、その都度すぐに唇を離した。もっと貧欲にさせる為に、わざと焦らした。
「あっ、はぅぅぅ。あっ、あっ、あぁぁぁああ! 怖いっぃぃ!」
 泣き声交じりの嬌声が大きくなり、部屋中に響いた。娘は、体全体をくねらせている。歓喜の渦に入り込んでいるようだ。俺は渾身の力で娘を押さえ付けた。娘の爪が俺の背中に食い込んでくる。何かをしていなければ、気を失いそうな感覚に陥っているようだ。
「だめえ、動いちゃイヤァァ!」
 絞り出すような声に、俺は動きを止めた。射精の瞬間、俺は娘から離れようとした。しかし意外に娘の力が強く、俺の臀部に回された両手から逃れることができなかった。
「いや、イャァ! このままでえぇ。」
 その折りの娘の心境は、さっぱり理解できなかった。過去において、腔内射精を求めてきた女は居ない。大抵が妊娠を恐れて、こちらが希望しても拒否してきたものだ。といって、この娘が妊娠を希望するわけもない。俺の素性を、知る筈もないのだ。その点に関しては、十分に気を付けたつもりだ。当惑を覚えつつも、滅多にないチャンスでもあり、俺はそのままその快感を楽しんだ。 
 荒い息遣いの娘は、猶も俺を離さない。背中に手を戻して、しがみついてきた。娘の額に吹き出ている汗が、スタンドの灯りで光っている。その汗を、俺は舌で吸ってみた。若さのエキスを吸い取ってみたいと、願望のようなものが沸き起こったのだ。
 当たり前の事だが、塩辛いものだった。しかし、どこか甘さも感じ取られた。顔中の汗を舐め尽くすと、娘は猶も手に力を入れて来た。そして俺の唇を求めてきた。娘の髪を両手でまさぐりながら、俺は娘の欲求に応えてやった。
「おじさん、スゴイ! ケン坊よりスゴイ!」
 目をカッと見開いて、娘が言った。
「ミィちゃんのおかげだ。どうだい、もう一回頑張るか?」
 俺は、娘の耳元で囁いた。
うん……いいよ……ミィちゃんは……
 殆ど聞き取れないほどの小声だった。
 娘の表情が、苦悶の色に変わった。苦しいのではない筈だ。より深い、恍惚の世界に入っている筈だ。キラキラと光る乳房にむしゃぶりつくと、娘は雄叫びのような声を発し俺の頭に手を回してきた。窒息するかと思える程に、俺の顔をその乳房の中に埋めさせた。俺は唯ひたすらに、獣の如くに娘の体を貪った。若い体に、これでもかとばかりに俺の刻印を刻み続けた。
 急に娘の体から力が抜け、両手がダラリと下がった。目は虚ろとなり、口もだらしなく開いたままになった。気を失ったわけではないのだろうが、何の反応も示さなくなった。大の字にベッドの上に寝そべり、娘を俺の上に乗せた。ぐったりとした娘の体は重い。しかし心地よい重さだった。押しつぶされている乳房から、娘の心音が響いてくる。早鐘のように波打つ音が、心地よく響いてくる。
「おじさん、いったァ? まだ、だね……」
 娘が声を掛けてきた。だるそうな、力無い声だった。
ごめんね。……ミィちゃん、もうだめだよ……
「いいよ、いいんだ。まだ、ミィちゃんには無理だよ。」
 娘の髪を手で解きほぐしながら、俺は答えた。ふと気が付くと、娘は小さな寝息を立てていた。娘から離れた俺は、ベッドの端に腰を下ろした。タバコをくゆらせながら、久しぶりの満足感に浸った。

 心地よい疲れの中、シャワーを浴びることにした。浴槽の湯は既にぬるま湯に変わっていたが、どうしても湯船に浸かる癖のある俺は、熱い湯をつぎ足すことにした。浴室を出ると、バスタオルを腰に巻いたまま深々とソファに沈んだ。
 ビールを口にしながら、ぐっすりと寝込んでいる娘に目を移した。
”こうしてみると、まだあどけない少女じやないか。高校生位か?それにしても、あの化粧はいただけん。まぁ、変身願望の発露かもしれんが。そう言えば、『他人の顔』という作品があったっけ。阿部公房氏の作品だったか。ふふん。若い頃の俺は、純文学に憧れていたんだ。“
 俺は、もう遠い昔に思える十年ほど前に思いを馳せた。
”麗子は頑張っているようだな。バイト生活の中、小説を書き続けていた俺なんかに掴まったが為に・・。女優を目指していた麗子だが、俺の為に回り道をさせてしまった。しかし意に添わない仕事かもしれんが、とりあえずはセクシータレントとして活躍しているようだ。デビュー前に事務所の命令で、泣く泣く別れたが。あの時の手切れ金で、今の俺があるのだから。一切のバイトを辞めて、没頭したんだ。で、持ち込んだ先々の出版先でケチョンケチョンにけなされて。そろそろ金がなくなるか、と言う時だった。やけ酒を飲んでる俺に、あの田坂がエロ小説の話を持ってきたんだ。やけくそで書き上げた作品が、意外にも好評を博してしまった。麗子との生活を題材にして書いた作品だ、そりゃリアルなものに決まってる。陳腐な内容だったが、セックス描写がいけてます、なんてな。それ以来か、飯の為に書き出したのは。ハハハ。“
 湯船に体を沈めると、ザザーッと湯が溢れ出た。娘が目を覚ますのでは、と思える程の大きな音だった。ゆったりと体を伸ばしながら、何度も顔を手でこすった。
「ふーっ、極楽、極楽。」
 大きく溜息をつくと、両手を広げて両足を伸ばした。マンションの浴槽では、こうはいかない。
「うーん、余は満足じゃ。♪ふん、ふん、ふふーん♪」
 と、鼻歌を歌い太平楽を決め込んだ。どれ程の時間が経ったろうか、肩口に寒気を感じて、ハッと気が付いた。どうやらうたた寝をしたらしい。
「あっ、あうぅああぁぁ!」
 ガラス越しに娘の声が聞こえる。どうやら起きたようだ。大きく背伸びをしている。
「おぉーい! どうだい、風呂は?」と声をかけると、「入る、入るゥ。」 と、素っ裸のまま飛び込んできた。
 軽くお湯をかけてやると、「温いよ、おじさん。」と、頬をふくらませた。
「まっ、いいや。入ろうっとォ。」

 突然俺の脳裏に、麗子とのからみが鮮やかに浮かび上がってきた。夏の暑い盛りにも関わらず、雨戸を閉め切った部屋だった。お互いに夜が仕事の為、日中を就寝時間としていた。あの頃の俺ときたら、麗子の豊満な肉体に溺れていたものだ。毎夜の如くに、いや毎朝か。とに角毎日のように、麗子の体を貪っていた。今から思うと、渦巻く不安な気持ちを消し去ることができないでいた俺だった。性行為を繰り返すことで、麗子を繋ぎ止めていたように思える。とに角、若さに任せた乱暴なものだった。がむしゃらな性行為だった。
 部屋に帰るや否や、お互いの服を乱暴に脱がせ合った。ブラジャーのホックを上手く外せない時には、引きちぎりもした。そしてこぼれんばかりのその乳房にむしゃぶりつくと、「これは俺のものだー!」と、雄叫びにも似た怒声を上げたものだ。「そうよ、あなたのものー!」と、麗子も応えてくれた。
 麗子の体は、素晴らしかった。バストは優に90cmを越え、ヒップも上向きであり、ウエストも見事に括れていた。雑誌に出てくる外国人モデル並のプロポーションだった。そんな麗子が、何故俺のような男と同棲を続けるのか、皆目見当が付かなかった。まぁ確かに、見てくれは良かったと思う。自画自賛となるが、二枚目だと自負はしていた。しかし生来の口下手で、洒落た会話が出来る俺ではなかった。ジョークの一つも持ち合わせていない。青臭い文学論を、延々と語り聞かせるのが関の山だった。
 麗子は、どちらかと言えば無口だった。常に聞き役で、俺の尊大に語る夢を満面に笑みを浮かべて聞いていた。
「デビュー作で芥川賞を受賞し、大ベストセラー作家になってやる。」
「あなたなら、きっと取れるわ。きっと、大作家になれるわよ。」と、毎日のように激励してくれた。
 何の不満も感じない麗子だったのに、一度だけ浮気をしたことがあった。痩せぎすの女で、胸など有るのか無いのかわからぬような女だった。何故その女を抱いたのか、今でも分からない。バイト先のキャバレーのホステスだった。俺に気があるのは知っていたが、麗子との生活に満足していた俺は、歯牙にもかけぬ存在だった。
 そう言えば、その女に金を借りた記憶がある。確か、麗子の誕生日祝い用のネックレスを買い求めようとした折りに、だ。その事を知りつつ、金を出してくれたっけ。その見返りとして、抱いたのかもしれない。もっとも、その事が店にばれて解雇されてしまったが。ボーイが店のホステスといい仲になること等、許される事ではなかった。ルールを破った俺に、全面的な非があった。
 その浮気が麗子にばれた時は、修羅場だった。烈火の如くに怒る麗子を、必死になだめた。なだめたと言っても、強引に押し倒したのだが。泣き叫ぶ麗子の唇を俺の口でふさぎ、ばたつかせる手をタオルで縛った。ピッタリと閉じた太ももを何とかこじ開けて紐で縛り、ベッドの両脇の金具に止めた。
「いゃあぁ!」「不潔よぉ!」「許せないぃぃ!」
 泣き叫ぶ麗子の口に、ハンカチを詰め込みもした。頬を、平手打ちもした。そして大の字の麗子の、額から足のつま先までを舐め回した。とに角、必死だった。“麗子に捨てられるかもしれない”という恐怖感から、俺は舌先が麻痺するまで舐め続けた。今思うと、若さ故かとんでもない事をしたものだ。
 どの位の時間が経過したろうか、麗子の涙も止まった。それにつれて体中のばたつきも治まってきた。
「ごめんよ、ごめんよ。麗子だけなんだ、麗子だけだ、愛しているのは。」
 耳元で囁きながら、俺は麗子を縛り付けている紐を外した。手足が自由になった途端に、麗子は俺にしがみついてきた。俺の唾液でべたべたにになった体を、ピッタリと密着させてきた。俺も負けじと麗子を抱きしめると、ベッドの上で右に左にと回転した。勢い余ってベッドから転げ落ちた後も、しっかりと抱き合っていた。
「あぁ、あぁぁ。今度だけよ、今度だけよ。」
 麗子は何度も叫んだ。
「麗子だけだ、麗子だけだ、、、」 
 俺は必死に、耳元で囁き続けた。
 それから、三月(みつき)程してからだった。高級クラブでのバニーガールのバイト中に、プロダクションの社長の目に留まり、麗子の、芸能界へのデビューが決まったのは。やはりのことに、そのプロポーションが決め手となったのだ。二時間ドラマで、主人公の恋人役だった。お決まりのベッドシーンがあり、麗子も少し悩んだようではあった。しかし千載一遇のこのチャンスを逃すと、果たして次のチャンスがあるものかどうか。又、俺の浮気のことも心のどこかにありはしたろう。結局、麗子は俺の元を去った。

「おじさん、スキ!」
 娘の声に我に返った俺は、娘に対して聞くべきか聞かざるべきか、逡巡した。聞いたところで、どうにもならぬことではある。しかし、興味はある。正直の所、小説のネタにならぬか、と考えたりもした。
「おじさん、これからどうするの?お仕事に行くんでしょう……」
「うーん、どうするかな。ミィちゃんは?」
 俺はストレートに聞くことを止め、娘が話し出せば聞くことにした。狡いかも知れぬが、受け身に回ることにした。
「ミィちゃんさァ、アパートには帰りたくないの、まだ。だってさ、ひどいんだよ。ふたまたかけてたんだよ、ケン坊。それもね、ミィちゃんのお友達とォ。そりゃあね『ミィちゃんが本命だ』って、言ってくれたけどォ。」
「ひどい男だな。ミィちゃんのようないい娘を、泣かせるなんて。」
 俺は娘に腕枕をしてやりながら、茶髪の髪を撫で回した。そして片方の手で、乳首を弄びながら答えてやった。“そんなことを言える男か!”と、内心思いながらも。
「おじさん、ケン坊はひどくないよォ。悪いのは、妙子だよ! 妙子がケン坊を誘惑したんだから。」
 口を尖らせて、娘はケン坊なる男を疵った。
「それにィ、これでおあいこだョ。ミィちゃんだって、おじさんとセックスしたんだからァ。へへへ。でも、良かったァ。おじさんみたいな、いい人でェ。ホンとはね、もっと若くてかっこいい男の子にしたかったけどさァ。なんかさ、ビビッ!と、来たんだよねェ。くくく。」
 正直のところ、俺には今の若者の考えは分からない。
”浮気をされても、自分もしたからそれでおあいこだ。“と、それで納得をする。損得勘定でいいらしい。
「ねぇ、ねぇ。おじさんのマンションに連れてってよ。……・だめだ。やっぱり、帰ろう。ケン坊が帰ってくる前に、アパートのお掃除でもしようっと。じゃないと、ケンカ別れになっちゃうよォ。」
 一瞬ドキリとさせられたが、このまま帰ってくれると聞いてホッとした。一度きりでは勿体ない身体ではあるが、付きまとわれるのも困る。
「あははは、そんなにガッカリしないでよォ。おじさんのこと、気に入ったョ。ミィちゃんから連絡してあげるから。携帯の番号、教えて。」
 俺の戸惑いの表情を勘違いした娘は、ケラケラと笑いながら体を俺に密着させてきた。コリコリに固くなった乳首が、心地よい。俺の背中に手を回しながら、俺に娘の上に乗れとせがんできた。そしてキスをねだってもきた。俺は娘の希望通りに、舌を絡ませた。娘は俺の舌をグイグイと、口をしぼめて吸い込むようにしてきた。まさかと思ったが、次第に力がみなぎり始めた。
「あぁっ、スッゴおィ!また、元気になってきたァ。」
 感嘆の声を上げる娘だが、それ以上に俺が驚いた。こんなことは、麗子以来だ。もう十年も前のことだ。真夏の盛りに、汗だくになりながら抱き合った麗子以来だ。

 そういえば、麗子がアパートを去る前日だったか。いや、前々日になるのか。泣きじゃくる麗子と、セックス三昧だった。果てても果てても、離れ難かった。アパートのドアをノックする音にも返事をせずに、しっかりと抱き合っていた。事務所の迎えが来たとわかってはいたが、麗子は俺の胸に顔を埋めていた。しばらく続いたノックも、「行き違いになったか。」と言う、声と共に途絶えた。
『もう逢えない。もう抱き合うことはない。』
 そんな思いが、二人に眠ることを許さなかったのだ。睡魔と闘いながらも、お互い共に闘っていた。
「あなたよりあたしの方が一杯愛してるわ。」
「そんなことない! 俺は、麗子の倍も三倍も愛してるんだ!」
「良いのよ、寝ても。あたし、あなたが眠っても愛し続けるから。」
「何言ってるんだ、俺こそだ。眠りにつくまで、愛してやるよ。」
 そんな睦言を繰り返しながら、お互いを貪りあった。しかし、さすがに二日目の午後ともなると限界に近づいてきた。女というものは、底なしの体力を持っているのだろうか。考えてみれば、出産時における女性の体力には感嘆させられる。己の生命をかけての、出産なのだ。到底、男が太刀打ちできるものではなかった。いつしか俺は、眠りに落ちた。気がついたのは、翌々朝だった。テーブルの上に、走り書きが置かれていた。

今まで、ありがとう。短い間でしたが、麗子には夢のような日々でした。勘当同然に家を飛び出した私でしたが、あなたに逢えて寂しさを感じることなく過ごせました。両親に反対された女優への道を、あなたのお陰で歩んでいけます。感謝しています。幾度か挫折しかけましたが、無言の励ましで乗り越えられました。貴方の無心にペンを走らせている姿に、どれ程勇気づけられたことか。麗子は、一足先に夢に向かって歩き始めます。どうぞ、あなたも夢を叶えてください。あなたなら、きっと成功します。麗子は、信じています。どうぞ、お体に気をつけてね。             
麗子

 俺は、何の感慨もなく読んだ。もう、麗子はこの部屋に戻ることはない。麗子の笑顔や泣き顔を見ることはない。俺をなじる声も、励ましの声も聞くことはない。流し台に向かう麗子の姿を、もう見ることがない。そしてなにより、麗子を抱くことができない。しかし、どうしても現実とは思えなかった。
「ただいま!」と、今にもドアを開けてくるような・・。
「帰って来ちゃった……。」そんな声が聞こえてくるような……。

「ねぇ、ねぇってばァ。教えてよォ、番号ォ。ミィちゃんのことキライになったァ?」
 麗子との思い出にどっぷり浸っていた俺の耳に、娘が噛みついてきた。
「痛ったたぁ。」
 思わず我に返った俺は、そんな娘に愛おしさを感じずには居られなかった。“マンションに連れて行こうか。”そんな思いが頭を過ぎった。
 結局のところ、一夜限りのことになってしまった。今思えば惜しい気もする。“一度目はあっても、二度目は無い。”というポリシーを貫いてきた俺だが、何のことはない。俺という人間の、底の浅さを知られることが怖いだけじゃないのか。

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