(四百二十二)

 日本橋の富士商会の玄関口に、黒ぬりで金ぴかの屋屋根をのせた霊柩車が横づけされた。
「会社からの出棺となります。騒がしくさせますが、しばらくのあいだお許しください」
 二日前に、香典返しに用意した静岡の銘茶セットを配りながら、このあたり一角のあいさつはすませてあった。とはいえ、会社内には紅白の幕がはられている。通りを歩く者が、何があるんだとばかりにのぞきこんでいく。リンゴの唄やら、東京ブギウギやらのレコードがにぎやかに流れている。これから酒盛りでもはじまるといったふうにもみえる。そこに黒ぬりの霊柩車がよこづけされて、棺までが会社内に運びこまれた。
 レコード音楽がとまったところで、こんどは読経がはじまった。どうにも紅白の幕がはられた室内での読経という光景が、通りいっぱいの人だかりのなかでみられた。そして棺がさいど霊柩車に運びこまれる段になって、こんどは通りの端から「チンチンドンドン、パーパーパッパラパー、ぴーひょろぴーひょろ」と、チンドン屋が進んできた。
狂乱さわぎの葬儀のあと富士商会社員総出の、町内会への謝罪行脚がはじまった。苦情やら怒り、はてはさげすみの声を覚悟のことだった。
「お騒がせしまして、まことにもうしわけありませんでした」
「社長が、陳さんのご葬儀がいたく気にいられまして、それで……」
 頭を下げ回る社員たちにたいして、
「まあまあ。みたらい社長さんらしいじゃないですか」
「豪放らいらくなご性格でいらっしゃったんだ。らしいじゃないですか」
 一角に店を構える店舗、会社、合わせて三十数軒にのぼったが、ほとんどが好意的な対応をしてくれた。先の、台湾籍の人物による台湾形式の葬儀で度肝を抜かれていた者にとっては、むしろおとなしめのものだった。陳志明の葬儀においては、フルバンドによるレコードが、葬儀のはじめから終わりまで流された。
 そしてみなの度肝を抜いたのが、泣き女と称される女性の存在だった。遺族のだれも涙をながさぬなか、舗道上ででひとり、大声でなきさけぶ女性がいた。「妾かい?」は序の口で、「お手伝いに手をつけていたらしい」、はては「外につくった娘さんかい?」とかまびすしいことになった。
 台湾事情にくわしい人物の解説で、「遺族はなみだを流してはいけない。代わりに泣き女という職業がある」と聞かされ、ようやくその場が収まった。列席していた武蔵は、
小夜子には泣いてほしくない。俺のこれまでを褒めたたえてほしいぐらいだ。けども、女将連中やら女給たちには泣いてほしいもんだ≠ニ、感想を持った。
 ただ、「遺族が泣いてはいけない、故人がこの世に未練を残してしまう」という考えには、ついて行けなかった。

(四百二十三)

 社葬が、年が明けた一月の中旬にとりおこなうことがきまった。場所の選定については五平に一任され、まずは有名神社仏閣をかんがえた。その旨を小夜子につげると、即座に「似合わないわよ、武蔵には」と異をとなえた。
たしかにそうだ。ご神仏とは縁のないわれわれだった=Bホテルのホールとも考えたが、それもまたおかしな話だと、自身が首をふった。結局のところ、すこし離れた場所ではあったが、多目的ホールのある会館を利用することにした。その会館は中程度の規模で、百人程度の椅子が用意された。多くが取引先関係であり、個人的つながりのある関係者は皆無といっていいほどだった。
 小夜子の実家のある村からの出席者は村長だけに限定されて、出席を希望しつつもかなわなかった村人たちは近在の神社において手を合わせることになった。武蔵発案の進学支援は、武蔵の死とともに終わりがつげられた。一部の村人から不平のことばがもれたものの、村がその事業の規模を縮小してつづけることになりおさまった。
 正面の遺影は、はじめての慰安旅行に出かけたおりの写真が使われた。背広姿ではなく、浴衣姿というなんとも奇妙な遺影ではあったが、「御手洗社長らしい」と、参列者には好意的に受け止められた。
世間一般の常識やら、業界での慣習などをまったく無視した武蔵の営業にはにがにがしく感じたものだが、正面きって啖呵をきれる者はひとりとしていなかった。敵対関係にある業者も、この日ばかりは武蔵の偉業をたたえた。なかでも百貨店相手の戦争が、華々しい武蔵の功績として弔辞が述べられた。当の百貨店関係者も、いまでは懐かしいこととして会話に花が咲いた。
 いちばんの関心事である、後継社長人事についてはなんの情報ももたされなかった。大方の予想では五平が次期社長となるだろうということになっている。そしてこの社葬の場において発表されるものと考えていた。しかしそのことにはいっさい触れられることはなかった。現実問題として専務である五平が取り仕切っており、そのバックには三友銀行がいる。盤石な経営基盤となっている。
 しかし問題点がないわけではなかった。五平の守りの姿勢というより、旧態依然としたやり方に、一部社員の間で不満がたまりつつあった。独裁的経営をつづけてきた武蔵には、カリスマ性があった。独特の感性でもって商品構成のいれかえがおこなわれ、予測はずれで不良在庫がでることがありはしたものの、とつぜんに爆発的に売れる商品の開拓もあった。

(四百二十四)

 社葬終了後に、「一週間後に重大発表をします」と、五平のアナウンスがあった。当然ながら後任人事のことだということになり、業界新聞記者が色めき立った。むろん取引業者にしても他人事ではない。これまでの経営方針が一気に変わるということはないだろうが、五平が社長就任となれば、バックにいる三友銀行の意向がより強く反映されるだろうと、小規模会社は戦々恐々となった。
 武蔵が入院してからというもの、売れ筋商品の供給が大手優先となっている。これまでもそれはありはしたが、一定の数量確保はできていた。武蔵の「古くからの取引先は、大小にかかわらず優先だ」ということばがあったからだ。それにたいして銀行側としては、やはり利益優先をとなえ、効率性をもとめてきた。五平が対応にあたり、武蔵まで話がいくことはなかったけれども、融資額が増えるにつれてその圧力は増してきた。
 五平が後任社長となれば、早晩銀行側に押し切られることは自明の理ととらえられた。むろん内部干渉とでもいうべきものであり、そこまで言うならメインバンクの変更で対抗しては、という意見もありはした。服部、山田、そして竹田らが先頭に立ち、「社長の意向がある!」と、五平を牽制した。「取引先さまは公平に!」と、事務室の柱にスローガンのように貼り付けた。
 そして一週間後に、一斉に取引先あてにFAXが送られた。
社長、御手洗小夜子。専務、加藤五平。
販売統括、服部健二。総務・仕入れ統括、竹田勝利。経理統括、小島徳子。
 蜂の巣をつついたような騒ぎとなって、電話が鳴りひびいた。新社長には五平がという憶測が飛びかっていたため、当初は小夜子の社長就任に危ぶむ声があがった。
前夜まで議論がつづき、その場には服部、山田、竹田、徳子、そして銀行側から佐多支店長が出席していた。喧々諤々の議論となったが、当の五平が煮え切らない。
「結婚時のやくそくでしょ!」。妻である万里江に、毎晩のように責め立てられる五平だった。順当にいけば、社長に五平が就くべきだ。取引先もそう思っている。それはわかっている。しかし、と考える五平だった。
おれが就けば、会社は銀行に乗っとられるもおなじだ
タケさんも、俺にと言ってくれた
けれども、正直、自信がない。タケさんがいたからこそ、俺はやってこれた
 逡巡する思いが消えない。万里江に迫られればせまられるほど、気持ちが後ずさりしていく。
いっそ、支店長に……
 それが、前夜、とつぜんの竹田のことばに度肝をぬかれた。思いもせぬ提言だった。
「お姫さまを立ててください。みんなで、お支えしましょうよ」

(四百二十五)

「賛成!」。社員代表である四人が、同時に声をあげた。
「無茶だ! ど素人のおんなに、務まるはずがない!」
 当然のごとくに、佐多が猛反対した。しかし社内外でまことしやかに流れているうわさ話、陰謀説なるものがささやかれている。
「どうも三友銀行の乗っ取りのようだ」
「それに加藤専務がのっかったということか」
「とすれば、あの婚儀もなっとくがいく」
 流布してしまった話を打ち消すのは至難の業にちかい。弁解なりをくりかえしても、かえって信憑性を与えることにもなりかねない。もっとも簡単に打ち消すには、流布された話とはちがう決定がなされることだ。小夜子を社長におしたてて、社員全員でささえる。
幸いなことに、小夜子のお披露目はおわっている。評判も上々だ。
 むろん社長となれば経営手腕ということになるが、そこはしっかりと裏方でささえていけばいい。神輿といえば聞こえがわるいが、それでも乗っ取りのラベルよりはましだ。武蔵イズムは、ほとんどの社員にすりこまれている。踏襲すれば、とりあえずは問題なしとかんがえられた。
 銀行側からすれば、佐多の目からみると、まだまだ伸びしろのある会社だ。ワンマン経営からの脱却という、願ってもない機会なのだ。アメリカ式の資本主義に席巻されるであろうこれから先をかんがえたとき、はやく近代経営に移行することが組織経営に切り替えることが重要なのだ。
 もう2、3年もすれば、佐多も銀行を去ることになる。役員として本店にうつることも考えられなくはないが、それよりもムクムクと事業欲のようなものが湧いてきている。病床にあった武蔵から五平の嫁に万里江をと請われたとき、次期社長としての五平を値踏みした。
 風采の上がらない風貌、これは大事な要素だと佐多はみていた。押しの利く者と米つきバッタのように平身低頭する者、どう考えても、五平には風格がない。それは武蔵にもわかっているように感じた。単なる小売商店主ならば、100点まではいかずとも、80点は付けられる五平にみえている。
 ならば己ではどうか? ついぞ考えたことのないことだった。中小の企業あいてならば、佐多の方が優位だ。それが証拠に、中小の企業に出向くことなど、ほぼない。来店するか、どこぞの料亭での接待を受ける立場だ。それが、病床にあるとはいえ、佐多自らが武蔵の元へと出向いた。
 そして武蔵と対面して、差しでのはなしにはいったとき、なぜか対抗心がわいてきた。それまで一段低くみていた経営者たちだったが、弱っている武蔵なのだが旺盛な事業欲をもつ男に感じた。
 まだ死ぬわけにはいかない=Bそんな決意があふれでているように感じたのだ。
もっと強靱な会社にしなければ=Bそんな武蔵の声が、佐多のあたまにひびいていた。

(四百二十六)

 そもそもが、なぜ役員でもない社員たちがこの場にいるのか、佐多には理解できない。小夜子の出席は、まだ分かる。武蔵の妻であることから、当然ながら大株主だろう。武蔵と五平のふたりで、起ち上げた店だときいている。そしてそのときの小僧たちが、服部・山田・竹田の3人だったとも。だからといってこんな大事な会議に出席させるとは、……。
 佐多の誤算がここにあった。いや誤算と言えるほどの事でもないかもしれない。大局に立てぬ社員たちだ、目先のことしかみえぬ勤め人だ、一喝すればシュンとなる小僧っ子たちなのだ。しかし彼ら3人は、じつは株主でもあった。富士商会を会社化するにあたって、それぞれに5%ずつの株券をあたえた。そして愛人であった徳子にも、2%の株券があたえられていた。
 会社への忠誠心をもたせるための、あるいみ餌のようなものだった。むろん武蔵にえさなどという意識はない。ここまで共にやってきた、いわば仲間なのだ。ミカン箱を机がわりにして、月末に利益を分けあったこともある。給料・賃金ではなく、利益分配をしたのだ。
 武蔵が51%を持ち、五平がのこりの32% をもった。武蔵が四十二%で五平が四十一%と持ちだしたところで、五平が「タケさんが過半数をおさえてください」と提言した。
「なにがあるかわかりません。いまはその気がなくても、いつなんどきあたしが反旗をひるがえすことになるかも」。武蔵への畏敬だった。女衒というどん底に追い込まれていた五平をここまで引き上げてくれた、武蔵への感謝の念だった。
 服部にしろ山田にしろ、正直のところ「小夜子でいいのか?」という不安はある。竹田に話を持ちかけられたときには、「それは……」とふたりとも絶句した。しかし追い打ちをかけるがごとくの「銀行のいいなりでいいのか?」ということばに、「われわれで支えればいいじゃないか」とつづけられて、不安な気持ちが消えた。
「よし。それでいこう」
「竹田、はなしが長引くまえに言ってくれ。間髪を入れずに賛成するから」
 佐多にしてみればクーデターに等しい。武蔵の意向は、たしかに五平だったのだ。してその後見役として、佐多を思いえがいていたのだ――そのはずだ。それが順当なことだと、だれもが支持してくれるはずだ。それにしても早すぎる
 むすめの万里江を嫁がせて、まだひと月も経っていない。取引先への根回しも、まるで行っていない。おのれが乗りこむことになれば、まちがいなく乗っ取り行為だと非難をうける。五平が継いだとしても、やはり陰口がたたかれるだろう。それでもやはり、五平で行くしかない、そう思っていた。どうして、ひと言……。遺言として残してくれなかった……=B地団駄を踏む、佐多だった。

(四百二十七)

 武蔵時代には、つねに開いていた社長室の扉が、不在時でもあいていたとびらが、いまは閉じられている。小夜子が不在時はもちろん、在室中でもとじられている。そして誰であろうと入室がかなわない。専務である五平すらはいれない。
まだ哀しみから立ち直られていないのよ=Bだれもがそう思っている。たしかにそうとも言えるのだが、つい五日ほど前に、内装の回収業者がはいった。殺風景だった内装が、いまは女性特有の柔らかい素材をつかっての壁となった。無機質な白だけだったかべの色が、上下に2色がつかわれていた。
 小夜子としては淡いピンク色を使いたかったのだが、ここは事務室だ。プライベートな空間ならともかく、とあきらめた。で、薄めの紫色を上段にすることにして、下段もまったくの白ではなく、こちらもうすめのグレーとした。壁にかけられていた富士山の額はそのままのこし、裸婦画ははずした。そして大きな机の上には、自宅に咲きほこる季節ごとの花をかざることにした。武蔵が愛用したソファはそのままとして、小さなガラスのテーブルを置き、その上に真っ白なレースの敷物をのせた。
 様変わりした部屋なのだが、小夜子がその部屋で安穏としていることはなかった。社長就任のあいさつまわりに、ほぼ一ヶ月を費やした。どこに赴いても、下にも置かない歓待ぶりを受けた。そしてその後もなにやかやと理由を付けては営業回りをともにし、社員たちをよろこばせた。荷届けのおりにも帯同して、取引先を驚かせることもしばしばだった。
「すこしは社長室でご休憩ください」と竹田に進言されても、
「社員のみんなばかりを働かせるわけにはいかないわ」と、まったくとりあわなかった。疲れがないといえば嘘になる。きょう一日をしずかに過ごしたいと思わないでもない。
 しかしそのときには、会社ではなく自宅でときをすごしていた。自宅に残る武蔵のにおいとは似ても似つかぬ、社長室なのだ。武蔵のすべてを知っているつもりだった小夜子だが、会社における武蔵のこと、そして社長室にただよう異質のにおい、それらはどうしても小夜子には受け入れがたいものだった。
  たまたま五平が留守をしていて、たまたま小夜子が出先からもどりひと息を吐いていたとき、そしてたまたま徳子が銀行にでかけていて、さらにはたまたま竹田が裏の倉庫にいたときのことだ。この四つのたまたまというか偶然が重なりあういうことは、天文学的確率のぐうぜんの重なりなのか、はたまた天の意思、いたずらなのか、ある騒動を引き起こすことになった。
 事柄としては小さなたわいもないことなのだが、五平にすれば簡単にすませられることなのだが、のちにこのことを知った人物がここぞとばかりに責めたてたがゆえに、おお事になってしまった。見るからに筋者という風体の男がやってきて、小夜子に「これ、はらってもらえませんかねえ」と、証文を突きつけた。
 同意書となっていて、日付けは三年もまえのものだった。富士商会御手洗武蔵という署名入りのもので、筆跡はたしかに武蔵のものだった。右に左にとはねまわる独特の文字で、懐かしさをおぼえるそれに、小夜子はしばし見ほれてしまった。内容としては、女を寝とった詫びとして金一万円を支払うというものだった。
 途中で帰ってきた徳子がことの次第を聞き、あわてて「どうして通すのよ」と、応対した事務員をしかりつけながら社長室にはいった。おどろいたことに、男とともに派手な化粧の一見して女給とわかる女が帯同していた。

(四百二十八)

 ソファにふんぞり返る男をキッとにらみつけると、「お帰りください!」と詰めよった。
「徳子さん。それは失礼よ、ごめんなさいね」
 おびえ顔なのか冷笑の顔をみせる女をかばうように、小夜子が徳子をかるくたしなめた。
「武蔵がね、お約束をたがえていたようなの。だから今すませたところなの」
 書面を受けとった徳子が、「こんなもの、無効よ!」と、はねつけた。しかしすでに小切手を渡してしまったあとだった。男は「じゃ、あっしはこれで」と軽く頭を下げると、連れの女とともに立ち去った。
「お姫さま。こまります、それは。金銭の出し入れは、わたしの責任ですので」と言ったものの、今となってはあとの祭りだ。
 危惧はしていた。女癖のわるい武蔵のこと、なんらかのトラブルが起きるだろうとは、五平に竹田そして徳子のあいだで話し合いはすんでいた。とにかく頑として受け付けず、五平が相手との交渉に当たるということになっていた。そして実際のところ、葬儀が済んでからというもの、複数人が同じような書面をみせつけてきた。
「本人さん、じきひつのものだ」といきがる男たちにたいして、それらすべてを五平が怒鳴りつけて追い返している。万がいちに五平の留守中にあらわれたときには、決して相手になるなと厳命されている。居すわる男がいたなら「警察をよぶ」と脅かせとも指示されていた。
 前もって聞かされていた小夜子で、いくどか同席もした。恫喝してくる相手にたいして、五平の態度は一貫していた。じっと目をつむって相手の話がおわるのを待ち、ひと呼吸おいてから
「帰れ! 女のいざこざはその場で決着をつけるもんだ。話にならん!」と一喝する。それでも食い下がる相手にたいしては、闇市を取り仕切ったシルクハットで有名な小津親分をちらつかせてだまらせた。
 しかし今回ばかりは勝手がちがった。相手もさるもので、女同伴としたのだ、泣き落としをはかってきた。しかも、小夜子ひとりだ。おなみだ頂戴の話をかたらせた。
「お腹にややができたんですけど」と、驚きのことばがでてきた。さすがにこれには小夜子も動揺をかくせない。
「それって、武蔵は知ってたの? いつだったかしら、あなたとは」
 嫁ぐまえの話ならば小夜子もなっとくする。しかし万が一にも……。ぐっと身を乗りだす小夜子に、こんどは相手があわてた。話を盛りすぎたと後悔しても、吐いたことばはのみ込めない。
「いえ、ずいぶんと前のことでして。それに、流産してしまいましたし……」
 最後は声にならぬこえで、尻切れトンボ状態になってしまった。
「そう、そうなの。流産を……」。悲しむべきことと思いつつも、つい安堵のおもいがわいてくる。こんなにも薄情なおんなだったの?≠ニおのれを責める小夜子だったが、相手はそれを見逃さず嵩にかかってきた。
「それが原因で体をこわしてしまってね、あっしとしても弱ってるんです。ふたせたいの面倒なんてみられませんからね」
 当初は、「嫁を寝とられた」というはずが、いまでは「いもうとのめんどうまでは」とすり替わっている。冷静な判断ができるのなら、この矛盾に気がつけるはずなのだが、どっぷりと話につかってしまった小夜子はすっかりだまされてしまった。
 五平が帰社したところで、四人の鳩首会談がはじまった。
「奥さん、いや社長だ。お人好しもここまでにしましょうや。今後その類いの話については、いっさいあたしに任せてください」
 渋っ面をみせながら、五平が小夜子を叱りつけた。
「いいですかい。富士商会というのは、会社なんです。個人商店じゃないんですよ。社員もねえ、いまじゃ70人を超えてます。『だまされました、ごめんなさい』じゃあ、すまないんです」
 強めの声色でなければ小夜子にくぎをさすことなどできないと考えた五平だった。

(四百二十九)

「幸いですねえ。徳子の機転で銀行への連絡がはやかったんで、小切手の現金化はまぬがれました。といって喜ぶようなことじゃないんです!」
 さらに怒気の入った五平の声が、社長室にひびいた。一階の事務室にまでとどく有様だった。
「専務。すこし声を抑えてください。階下にまできこえます」
 あわてて竹田が五平を落ち着かせようとすると、徳子が社長室のドアを閉めた。ここ日本橋に移ってから、いや富士商会が起ち上がってはじめてのことだった。いつも開けっぴろげだった武蔵の部屋がとじられた。そして以来閉じられること担った。
 そのことで、いかに五平の怒りが大きいことかと全社員が知ることになった。金額の多寡ではなく、社長が詐欺まがいの与太話にひっかかってしまった、そのことがどれほどに大きな問題であるかを、当の小夜子はもちろん全社員にも確認させておきたかったのだ。ややもすれば、「小さな金額じゃないの」、「とられなかったんだしさ」と、安堵する空気がただようことが、五平には恐ろしかったのだ。
 この事実が外部にもれたら、とりわけ銀行に知られてしまえば、「社長失格だ、交代だ」と騒ぐだすにきまっている。また取引先からの嘲笑の声がきこえてくる。とくに仕入れ関係からの取引条件変更問題がぶりかえさないかと、心配になってくる。竹田にしても徳子にしても、今回ばかりはかばうことができなかった。
 全社員に箝口令が敷かれることになり、社内でのうわさ話は絶対厳禁となった。素人経営の危うさが浮き彫りになった、小さくはあったが大きな事柄だった。そしてこの対策として、以降については、小夜子はもちろん、五平に服部、山田に竹田に至る幹部においても、少額な決済についても、徳子の承認を得ることとなった。
 忸怩たる思いにとらわれる小夜子だった。
「New management by new women(新しい女性による、新しい経営)」
 意気揚々と船出をしたはずの、営業とそして配達員たちとともにまわった販売先において、竹田とまわった仕入れ先において、非難めいたことばはひと言もでずに歓待を受けた小夜子だった。
 武蔵のこれまでの恫喝じみた言動について謝罪をしてまわり、「これからは対等なパートナー」として取引しましょうと宣言してきた。嫌がるはずもない。すべての会社で賞賛された。個人商店や小規模の供給先が、「ありがたいことです」と、手を合わせんばかりの態度をとった。しかしその裏で、与しやしと思われたのも事実だった
「先代社長だって間違えることはあったんだ」
「これから少しずつ覚えていってもらおう」
 幸いなことにこのことで更に団結心が生まれて、ますます「姫をささえなければ」と社員たちが思いを新たにした。
 
(四百三十)

 ひととおり回りきってしまうと、小夜子の日常に空いた時間が増えはじめた。毎回まいかい小夜子が同伴するわけにもかない。ときに新規開拓のためのお供を、とたのまれることはあった。服部から全営業にたいして「新規営業開拓においては、社長を同伴するように」と指示がだされていた。社員に否はない。ありがたい話なのだ。商談がスムーズにいきやすい。小夜子に気を取られた相手が、当の営業との話を上の空で聞いていたということが多々あった。ただ、契約後に「すこし値引きしてくれ」という依頼があったりはする。しかし初回はやむをえぬこととして、「次回からは値を下げますから」で、シャンシャンとする。「もうかったな、そいつは」と服部も苦笑いだ。
 トラブル処理についても然りだった。「どうしてくれるんだ!」と怒鳴りつける客も、小夜子に頭を下げられると「次回からは気をつけるように」と、軽い小言ですませてくれる。さらには持参したはずの詫びの生菓子を、その場で提供してくれる。そして小夜子ひとり残り、談笑していくのが常だった。
 広告塔としてのおのれの役割に不満はない。どころか「業績アップに繋がります」と社員たちに感謝されては、おのずと足どりも軽くなる。しかし「愛想をふりまく女」は良しとしても、「まるで米つきバッタだ」とライバル会社から揶揄されていることが小夜子の耳にはいってきては、堪忍袋の緒がきれた。これは小夜子が目指す[あたらしい女]ではない。
「New management by new women(新しい女性による、新しい経営)」。壁に貼られたスローガンが、壊れてしまった。
 外回りをやめたとたんに、小夜子の仕事がなくなってしまった。ときおり訪れる取引先と談笑するのが仕事になってしまった。みな忙しく動きまわる中、なにかを手伝おうにも知識のない小夜子ではかえって時間がかかる。足手まといになっていることに気付かされては、手を引かざるしかない。
 武蔵の日々からよほどの激務を考えていた小夜子だった。月のうち10日ほどは出張にでていた。しかしそれ以外の日も、夜遅くなっての帰宅がある。たしかに酒の匂いをさせて帰ってくるのが多い。取引先との宴会もあるだろう、現に小夜子もそこに同席していたのだ。だがどうにも、納得のいかない日々なのだ。
 書類に目をとおす、決済の印を押す。それら実務は、五平の担当だ。小夜子がそれを見ても、読んでも分からない。判断ができない。
やっぱり浮気してたのね=Aなに、あの証文は≠ニ、腹立たしいことばかりだ。といってこれを誰かに問いただしてみるわけにもいかないし、よしんば聞いてみたところで、誰も口にするわけがない。悶々とする日々を、社長室でおくるだけだった。