
| 第四章 蒼い殺意 ~ぼでい~ | ||
(一)哀しい事実 彼は、二階建てのアパートに住む。2階中央の部屋で、間取りは1Kである。ドアと言えるか分からぬような板戸を開けると台所となり、その奥が六畳間となっている。築30年いや40年だろうか、所どころ壁が剥げている。竹の編んだような物が露出してもいる。 そこにわたしから奪い取っていったポスターを貼ってごまかしている。べつだん隠す必要を感じないけれども、やはり見た目に悪いと言っていた。それにしてもわたしのお気に入りのポスターであるプレスリーを持って行くとは。まったく油断のならぬ男だ。しかもその捨てゼリフが気に入らない。 「なんでも良いが、大きさがピッタリだから」 たしかに大判のポスターは、それしかない。いや待て、もう1枚ある。しかしあのポスターだけは、いかに親友といえども渡すわけにはいかない。谷ナオミの「花と蛇」だけは、だれにも渡せない。 まあそれにも増して、窓の傷みが激しい。開閉どきのキシミ音はもちろんだが、桟が朽ちかかっているのが閉口すると言う。あるときガラスが外れかけたと、こぼしていた。だから、めったに窓の開閉をしない。修繕はしてもらわないのかと聞くと、不便ではあるが困ることもないからと言う。 大家の責任範囲だろうにと詰めよると、とたんに不機嫌になった。どうやら納得づくでの入居のようだ。彼がそんな部屋に甘んじるのは、なによりも職場に近いからだと強弁する。わたしには部屋代が安いせいだと思えるのだが、彼は否定する。 彼は貧乏だ。ちいさな町工場にはたらく彼は、月々の給料が安い。新聞誌上をにぎわす大型ボーナスには、まるで無縁だ。その為かどうか、彼は新聞が嫌いだ。だから購読していない。ただ単に、貧乏のせいなのかもしれないが。 彼に言わせると、悲惨なベトナム戦争での犠牲者、それ以上の我が国における交通事故の犠牲者の数――ところせましと暴れまわる活字の横暴ぶりが、彼のこころをいら立たせるからだという。そしてなにより、若者の自殺報道が我慢ならんと言う。ウェルテル効果を知らぬはずもなかろうに、と憤慨していた。彼らしいと言えば言えるかもしれぬ。 彼の娯楽は、休日ごとの喫茶店通いと毎夜のステレオ鑑賞だ。彼にしてみれば性能の良いラジオでも良かったのだが、ラジオからの押しつけの曲を聞かされることに辟易すると言う。それにも増して、独りよがりのDJの語りに反発を感じるらしい。聞きたい楽曲を聞きたいときに聞くという自由がいかに大事かと、わたしに陶々と語る。 一理あると、思える。が、それでは視野が狭くなると思うのだが。それを告げれば、延々と屁理屈を並べられるのがオチだ。だから、頷くだけにしている。言葉で肯定はしない。わたしにはわたしの理屈がある。だから、卑怯かもしれないが言葉にしない。 彼のステレオは高価なものである。廉価な物もあるにはあったのだが、生涯唯一の贅沢として購入した。理由は、至ってシンプルだ。良い音で聞きたい、ということだ。もっとも、彼の耳がどれ程のものかは疑問だが。 支払いは、月賦である。販売店は、しつこい程にクレジットの利用を勧めた。だが、彼は月賦を押し通した。販売店員は集金の手間を切々と訴える。しかし彼は持参するから、と譲らない。さらには、彼は値引きなしの定価で買うからとまで言った。とうぜん、販売店は警戒する。自明の理である。いまどき、定価で買う客がいるわけがない。新手の詐欺? と疑われても仕方がない。 怪訝そうな顔つきの店員にたいし、いまのは言葉のあやですからと、さすがに引っ込めた。付き添いのわたしにしても、仰天させられる言葉だった。月賦販売時には保証人が必要だと言われ、それじゃ、とわたしを店員の前に立たせた。呆気に取られるわたしに対し、薄ら笑いを浮かべて「未成年はだめです」と、店員が言う。 冗談じゃないぞ、それは。急にそんな話をふるなんて、どうかしてる。ほっともしたが、なにか馬鹿にされたようで面白くなかった。「勤労学生で、収入がありますよ」と、なおも彼は食い下がる。しかし店員は、相手にしてはくれなかった。 彼は、銀行が嫌いだ。彼の勤める町工場の社長を悩ませる銀行に、良い感情を持ってはいなかった。 本来ならば、腰を低くすべきは銀行なのである、と彼は言う。威圧的な銀行に対して嫌悪感を抱いている。裏を返せば、エリートに対するコンプレックスかもしれない。 彼の言を紹介しよう。 ――なるほど銀行にたいして預金を積めば、行員は腰を曲げるかもしれない。しかし少額の預金者に対して、心底からのそれをする行員がいるとは、どうしても思えないと言う。そしてまた、これが肝心なのだ。預金者は仕入れの業者であり、貸付先がお得意先になるはずだと、と言う。言われてみればなるほどとも思える。だから彼は、銀行を介するクレジットを嫌った。銀行に負い目を感じることを嫌ったのだ。 しかしどうにも、胡散臭さを感じてしまう。質問をしかけると途端に不機嫌になったことを考えると、だれかからの受け売りかもしれない。たまたま読んだ雑誌にでも書いてあったのかもしれない、どうしてもそう思えてしまう。やむなく彼は、社長に保証人の依頼をしたと言う。その折り、一笑に付されたとも。 ――頭を下げることを惜しむな。土下座してもいい。自分にプラスになることならば、プライドはいらない。利用することに負い目を感じることはない。銀行での借金は、信用だ。変に意固地になるな。 なるほどと、納得していた。従業員10人足らずの町工場だが、裸一貫から起ち上げた社長である。 わずか3人の家族だけでスタートした社長に、彼は多大の尊敬の念を抱いている。そんな苦労人の社長の言葉だ。大いに納得していた。兎にも角にも社長の保証人で、彼はステレオを手に入れたのである。 しかしその為に、多大の労苦を味わった。休日の出勤を3ヶ月続け、その手当を頭金としたのである。 彼の給料は、手取りで17,600円である。高卒での平均は、新聞紙上によれば23,000円である。中卒の我々だ、たしかに安い。金の卵だと持てはやされてはいる。しかしそれは、安価な賃金で雇うことができるからだろう。まあたしかに、右も左も分からぬ子どもではある。社会常識など、まるで持ち合わせていない。ある意味、先行投資の面があるかもしれない。どんな先行投資かと問われると、返答のしようがないけれども。 しかし彼は、社長が好きである。彼はいつもわたしに言う。高給取りだから幸せだとは限らない。毎日が充実していればそれでいい、と。やせ我慢かもしれない。しかし彼は、おのれの分を知っていると言う。 彼の実家のある町にも、金持ちはいるらしい。いや、居て当たり前のことだ。そしてそこに子どもが居るとも。それも当たり前のことだろう。どうも当たり前のことばかりを口にしているようで、少々面白くない。で、その金持ちが幸せかと言うと、もうお分かりだろう。絶不幸だという。絶不幸という熟語があるのかどうか、私は知らない。母親はいつもぴりぴりとしているし、父親は苦虫を噛み潰した顔をしている。そして子どもたちは意地悪だと。色々の玩具を見せびらかしては、威張っている。だから、嫌われ者だったとも。だから絶不幸なのだと、再度強調する。 彼の生活費の明細はこうである。家賃4700円。半端な額であるが、300円は家主の好意だと言う。私からすると、人が好すぎると思うけれども。実は彼の最初の部屋は、角の部屋だった。窓が通路側を含めて3ヶ所の、日当たりの良い部屋だった。壁も剥げては居なかったし。入居してすぐに中央の部屋が空いたのだが、3ヶ月間も空き室になっていた。で、300円安くするからと移らされたのだ。初め200円だったものが、300円になったとか。その100円が、あの窓なのか?と、つい思ってしまった。彼に言わせると、良い人だということになる。もう少し粘れば、500円になったかもな? と笑っていたが、とてもそんな交渉のできる男ではない。 明細に移ろうか。3,000円を昼食代として弁当屋に支払う。2,000円の夜学の学費を払い、月賦の3,000円を払う。すると、4,900円が残る。ここで問題だ。“も”ととるか、“しか”ととるかだ。なので、日曜日ごとの食費が重くのしかかる。朝と昼兼用の食事を、喫茶店でのモーニングサービスですませる。250円である。月に4回として、1,000円。 そして夜の食事、これが大問題だ。弁当屋に交渉してみたが、だめであった。仕方なく電気ポットを購入し、インスタントラーメンを2袋食べている。電気・水道代が、大体1,200円ほど。その上にまだ、風呂代もある。そんな彼では、貯金に回るお金は皆無である。 聡明なる読者諸兄にはお分かりと思うが、貯金にまわるお金は皆無である。だから、銀行に口座がない。いや、そもそも足すら踏み入れていないのだ。そもそも銀行とは、まるで無縁な彼なのだ。 夜学の始業時間は、五時半である。そして、40分間ずつの授業である。6時10分が給食時間である。20分間という限られた時間で、食べ終えなければならない。6時半には片づけることになっている。正確には6時40分までが給食の時間なのだが、後片付けの時間がいるのだ。当番が調理場に食器類を持ち込まねばならないのだ。暗黙の了解で、20分しかないのだ。 彼の町工場の終業時間は、五時である。工場から学校までは、バスで十分ほどかかる。残業を1時間行ったとして、バスの時間は6時20分しかない。お分かりいただけるであろうか、給食時間は終わっている。その為に3ヶ月の間、給食抜きであった。これは辛い。食べ盛りの17歳だ、猛烈にお腹が空く。 しかもである、翌日の朝食用のパンの問題もある。クラスの中には必ずパンを残す者がいる。彼はそれら残り物のパンを持って帰る。それが遅刻となるが故に、持ち帰ることができない。 空腹を我慢できない彼は、恥を忍んで調理室に赴き残ったパンを貰うことにした。土下座をせんばかりの懇願に、調理員のおばさんも規則をねじ曲げて応じてくれた。私も付き合わされたので、これは紛れもない事実である。まったく哀しい事実である。 |
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| (二)いち日の過ごし方 彼の毎日は、朝7時に始まる。8時始業の仕事に取り組み、午後5時に終了。午後5時半始業の授業を受け、午後8時50分に終了。午後9時半近くにアパートに戻り、大体午後11時に就寝である。その間が彼の自由な時間である。学校の図書館より借り出した本や、好きなラジオ番組等で過ごす。レコード? まだ購入していないようだ。そう言えば、雀の涙のボーナスがでたら買うと言っていた。 でなければ、何のためのステレオなのか! だ。しかもシングル盤で良しとせず、LP盤にすると言う。わたしなどは、“ぜいたくな”と思うのだが。彼に言わせると、1曲あたりの値段が違うと言う。おやおや、好きな楽曲だけを聴くのではなかったのか? いち番の問題は、シングル1枚では飽きてしまうということだろう。彼は、好きな歌手や演奏者の楽曲は、すべて気に入るはずだと言うのだが。彼が夜学に通う理由のひとつに、図書館がある。いつでも無料で本を借り出せることが有り難い。そう聞かされた。市や県の図書館も無料ではある。しかし出向かなければならぬことが、ネックのようだ。 失礼した、彼の家族構成をお知らせしていなかった。5人家族である。両親と弟・妹とのふたりがいる。たしか、小3と中1だと聞いた。長野の山村で、農業を営んでいるとか。昔で言えば口減らしか、集団就職でひとりこちらに来ているということだ。 夜学については、わたしと同じく淋しさを紛らわせるためだと言う。同年代とのたわいない会話は、大事である。だから、勉学についてはまるでだめだ。 彼の過ごし方に戻ろう。日曜日の過ごし方は、先にお話ししたがもう少し詳しく説明する。大体、10時半頃に起きる。モーニングサービスの11時までに喫茶店に入り込む必要があるせいだ。もっと寝ていたいのだが、そうもいかない。喫茶店で1時間ほど費やすと、あてもなく散歩する。わたしを訪ねてきたり、他の学友の元に遊びに寄ったりもする。が、留守の時が多いとこぼしていた。 夕食を済ませたあと、週一の風呂に行く。他の日には、濡れタオルで体を拭いてはいるようだ。できるだけ他人に不快感をあたえないように、努めているらしい。 が、悩みの種は洗濯とのこと。家主のおばさんの好意に甘えてはいるようだが、下着だけは自分で洗っているらしい。共同の流し場で、洗濯石鹸を使ってのことである。家主のおばさんに“持って来い”と言われるらしいが、さすがにそれだけは自分で洗っていると言っていた。ま、同年代のわたしには、充分に理解できることだ。 霧雨の降るせいではないのだろうが、きょうの休日は12時に床から離れた。昨夜、学校の調理室から給食用のパンを10枚ほどもらってきている。牛乳も買い込んである。今日いち日の食事にするつもりだろう。出かけるつもりがないのだ。 実はこの1週間、彼は悩んでいる。学友との些細な口論のためだった。さっこん耳にする”フリーセックス”についてだ。まだ蒼い我々は、真面目に論じあった。勉学上の口論はまるでない我らだが、ことセックスに類するものは好んで論じあう。が、残念ながらお互い言いっ放しで終わってしまう。 面白いのは、”革新”そして”保守”と、イデオロギーの立場をお互いに押しつける―なすりつけて終わることだ。革新にしろ保守にしろ、じつの所あまり分かっていないのに。『70年安保』の後遺症といっては失礼か。「アンポ、ハンタイ!」が流行語になっていた頃を、多感な中学時代に我々は過ごした。 彼はいま窓際でひざを抱いている。そしてときにそのひざに接吻をしたりして、体のぬくもりを感じている。生きている実感があるという。ときおり、バサバサの髪をかき上げては、ため息をつく。その手で顔を撫でる。髪の毛にしみついた油のにおいが、時として吐き気をもよおさせる。しかしそれが自慢の種でもある、彼だ。 *全学連委員長だった藤本敏夫氏をご存じですか? その彼と恋に落ちた歌手の加藤登紀子女史が、1969年に獄中からとどいたハガキがヒントになって作られたのが「ひとり寝の子守唄」です。 その中に「ひざっ小僧が寒かろう おなごを抱くように ……」という箇所があり、それに感銘を受けて「膝を抱いて……」を書き入れました。 彼の頭のなかでは、数多の声がとびかっている。ひとつひとつの言葉は、断定的でしかも独善である。 無道徳とはいったい何か? 社会いっぱんの道徳は、常識なのか? 幾多の矛盾を擁する道徳でもか? 住みなれた町の地図は必要か? コンパスまでもか? 俺は無道徳か? 道徳はどうとく、常識はじょうしき? 俺は反道徳だ! では、ニュー道徳を創るべきか? では、それに従えるか? 違うぞ! 単にスネているだけだ! ニュー道徳は、偽善の産物だ! ホワイトカラー族の目的は? 教師とは、如何なる人種か? 教える義務と、従わせる権利。 学ぶ権利と、従う義務。 そして反発する権利。 殺す自由、生きる権利。 人間を殺すことは罪であり、 「家畜類の屠殺は許される」 という現実。 and, その是非は論外、という現実。 食べる自由と権利。 断食もまた然り。 自然界の法則とは? 地球の歴史、人間のれきし…… |