エミコ


「学校にいるの、すぐに来て!」
とつぜんの電話。
どう解釈していいのか分からぬまま、放っても置けずにとにかく学校に急いだ。
普段の日曜日なら、知らぬ半兵衛を決め込んだかも? 部活で校庭は人だかりだろうから。

外に出て、ビックリ! だ。横なぐりの激しい雨。そりゃそうだ、台風だモン。
暴風雨警報! と、テレビもラジオも、がなりたたてる。あいつ、ナニ考えてんだ。
そう言えば、ずいぶんと前だけど、台風の目ってやつに出くわしたことがある。
ポカンと丸く空いてた。真っ青な空で、めちゃめちゃまぶしく感じたなあ。

真っ暗な校舎が、激しく風雨にさらされてた。ひとけなんて、まるで感じられない。
校舎と体育館との渡り廊下に、いた。
よしよし、いい子だねえ。
あたま、なでなでしてあげるね。
(急に涙ぐみはじめた、emiko)
(見る見るうちに、目の中に涙がいっぱいになった、emiko)
「良かったあ、来てくれて」
「あたしのことなんか、誰も心配してくれないって思ってた…」
「ありがと…ありがとお」
(俺の背で泣きじゃくる、emiko)
「えっ !? ま、まぁな……。妹分の emi のことだしな、ほっとけねえわサ」 
 
   「うん、うん、うん。ほんと、嬉しかったよ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 
  (ずぶ濡れの、emiko がいた)
(ジャージ姿の、emiko がいた)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 
 「ちょっと、待て! なんだよ、それは。なんで、ジャージーなんだ?」
 バレーの練習に来たの。でも、体育館、開いてなかった
センセを探したけど、誰もいなくて……
  「そんなもん、当たり前ジャンか! 台風だぞ、お前。暴風雨警報だゾ!」
  「 だって、だって…もうすぐ地区大会が始まるし、
練習試合でもゼゼンだし、ここんとこ調子悪いし……
yasue センセー、“自分で考えろ”って、冷たいし、
キャプテンに聞いても、
“エースに教えられるわけないでしょ!”だし、
sayo はカレシができて、練習に身が入ってないし、
あたし、どうしていいか分かんなくなって、
とにかく、練習するしかないし、……
 あいつも色々あるってことだな、ひとりでかぶっちゃってるぜ。
yasue も yasue だぜ。
十六の女の子に、こんなでっけえプレッシャー与えて、どうすんだよ。
キャプテンって、誰だったけ? ええっと、sumi だったっけ?
あいつも、器が小せえなぁ。それとも、emi が生意気なんかあ?
  ありがとう。
泣いたら、すっきりした。もう、大丈夫!
明日から、バリバリ頑張る。
分かってんの、不調の原因は。スタミナ、スタミナ不足よ。
“テクニック云々の前に、やるべきことをキチンとやれ!”
yasue 先生の言うとおりなのよね。焦りすぎたかも、アタシ。
アタシも頑張るから、そっちも頑張んな。
ナニをって、ナニ言ってんのよ。
kazuko さんよ、kazuko さん。
進展してるの、少しは。デート、したの?



あいつ、まるで余裕がないぞ。
あれじゃあ、そのうち潰れちまう。ナニ考えてんだよ、みんな。
地区大会でのことが、相当ショックだったみたいだな。
いくら中学で鳴らしたからって、いきなり高校で活躍できるわけないサ。
 
 だけどよ、kita 高の akemi って()
凄かったらしいな。
同い年(おないどし)なんだろ?
その akemi と一緒にするのは可哀相だぜ。
あっちは、正真正銘の天才だかんナ。

エッフェル塔の下のため息を 気まぐれな風はパリの町へ運んだ
コートの衿を立てて急ぎ歩く旅人を 冷たい風は(はや)し立てた
いま 風は眠っている (あした) 風はまた吹くだろう

 
流れるシャンソンのメロディーは 浮かれた風をグラン=プールへ連れてきた 
胸を病む画家達のあいだを 浮かれた風がはやし立てたが
セーヌの川に置き忘れられた郷愁さえ 風は吹き飛ばしていた 

まーた、訳の分かんないもの書いてる! 
もう少し分かりやすく書けないの? 
風が眠るわけないでしょ、止んだって書きなさいよ。 
囃し立てるって、ナニよ。吹き荒れたって、こと? 
疲れるのよねえ、いっつも。
 
 お前みたいな、がさつな女には分かんねえよ。
いいじゃねえか、「素敵な詩ですね。大好きです、わたし」
って言ってくれる女の子が、そこら中にいるんだから。
 それは、良ござんした。 
ところでさあ、明日、部活、休みになったの。 
で、ね。仕方がないから、一日相手してあげる。 
えっ! kazuko さんとデート? 
あたしが相手できるのって、珍しいんだよ。
 
 そうは言ってもな。
今日の明日じゃなあ。kazuko、怒るしなあ。
もうちょっと、だしな。なにがって、なんでも良いだろうが。
だから、また今度ナ。話なら、いつでも聞いてやっからよ。
 



神に祝福されることのない人間━━悪魔に可愛がられる人間

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
赤い手が 赤い棍棒で叩き割ったのは 鉄カブト
その中から 緑のしみ出る四つ葉のクローバーが 芽生えた
その朝 枯れた四つ葉のクローバーに なっていた
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あいつだけだよ、実際。
あいつだけだ、こんなに親身になってくれる奴は。
  shizuko さんとも、付き合ってたのね。

shizuko ? 誰だ、それ……。
ああ、思い出した、予餞会(よせんかい)で一緒になった子か。
俺の衣装を、必死こいて作ってくれたんだよな。 
  隠さないのお!

隠してなんかないさ。付き合ってなんか、ねえよ。
帰りに飯を喰っただけだ、ふたりだけだったけど。 
 ピーッ、ピ−ッ、ピーッ、の子たちとはどうなの?
 だれだ、それえ?
  隠さないで、って言ってるでしょ!
 隠してなんか、ないって。マジで知らねぇゾ。
 ふーん、、、じゃ、あの子たちが勝手に……
そういうことか。
  へへへ……、、
俺って、けっこう人気あるんだな。

 なに、勘違いしてるのよお!
そうじゃなくて、バカにされてんのよ、俺 くん。


 
 過去の出来事を、美しい想い出としてなんか
 残したくない。
 センチメンタリズムに浸りたくない。
 冷たい男かも、俺って。

 他人の心の中に
 過去の自分があるなんて
 我慢できない。

 アパートを引っ越そう。
 1Rから抜け出そう。 


花開く幻の都 その影をふるえる水面に映す
ギターの爪弾きとゴンドラの哀しい叫び声は 水面を刺す
落日がガナル=グランデに洸々と映え そしていよいよ朝が!

 吹きすさぶアルプスの峰に 二つの黒いしみ 雲の上に点々と
朝に輝く雲海の光は アルピニストの背に 強い光を落とす
天に突き上げられた二本の旗 その日 太陽は三つとなった
 
時の流れは いま 川となりました
銀の皿は流れるのです その上に空を乗せたまま
その夜 空は消えました
その(あした)には 太陽が消えました