[事実と真実]

あいつは俺だけの友だ。
他の誰とも話をしないし、又、話させもしなかった。
俺は、あいつを独り占めしていた。
しかし、事実は真実ではなかった。
確かにあいつを独り占めにしていた。
しかしそれは事実ではあっても、真実ではなかった。
俺は、あいつによって、一人ぼっちにさせられていたのだから。

孤立、そんな世界に俺を引きずり込んでいたのだ。
それも、俺の知らぬ間に。
俺に感謝の念を抱かせながら、だ。

あぁ、なんて恐ろしい奴だ。
俺には、あいつほどこの世で恐いものはない。
しかしそのくせ、そんなあいつが、心底好きなんだ。
もうどうすることもできない。
ぬかるみに入ってしまった。

あいつが居てくれるから、こんな俺にも
生きる希望みが持てるというものだ。


君!
今、死ねと言われて死ねるか?
死ねまい、もっと生きていたいと言うね。
だが、何の為に、生きていたいんだい?
僕は、
笑ってこそ死ねないが、
その時は、見苦しくないようにはできるつもりだ。
楽しみ?
一体、どんな?
僕は、世俗の楽しみなんていらない。
世俗の堕落した楽しみなんて!

俺は
文学に一人ぽっちにさせられ
孤独感をひしひしと味合わされた。
そして今、文学によって
俺は
救われている。

君!
何かを持たなくちゃいかんよ、何かを。
そけが文学であろうと、
歌であろうと、
スポーツであろうと、
なんであっても、だ!
[恋・恋・恋・・?]

しかし又、そこに安住できない俺でもある。
俺は今、一人の女子に恋をしている。
そしてそれは、唯一絶対なのだ。
相手の心に関わらず、俺は明らかに、絶対に恋をしている。
それを浮世では俗世間では、片想いと称するものらしい。
しかしその反面、俺は自分の心さえ信じることができない。

その理由は、いとも簡単だ。
つまり、余りに自分の才能を買い被り過ぎた為か、
それとも己の才能に畏れを抱いた為か、何にしろ
自分の持つペンから描き出される言葉が、この俺をして
信じさせなくした。
そしてその結果、相手の心をも信じ得ずにいる。

そしてそれに関連して、
俺はどうしても人を心底から憎むことができない。
だから、とことん愛することもできない。
心の底から泣いたことがない、哭けない。
だから
心の底から笑ったことがない、笑えない。

結局又、思考の湖に沈むことになる。


湖にひとり立つ若人の姿。(=うみ)
物悲しく、淋しく・・
夕陽に映える湖水の水面。(水面=おもて)
泣きゆく雁の姿を映す。
はるかな沖に浮かぶ
ただひとりの面影。
偲びては泣き
泣いては偲ぶ。

湖畔の小屋で逢ひし日より
胸の痛みは始まりき。
君、
りんどうの花よりも美しき。
すずらんの花より愛らしき。
幾たび言ひかけしか。
岩に戯れしあの朝、(朝=あした)
小舟に乗りし夕暮れ。

思えば懐かしき夢なりき。
過ぎ去りし、
甘きそして苦き、青春の日々。
星の出ぬ夜の最後の
甘き二人の口づけは
まことのことなりしか。
ふたり手をとりて、砂地を走り
涙をこぼしつ、また走る。

許されぬこの世でのふたりの愛。
あヽ、悲しきかな。
あヽ、恨むべきかな。
而して、青春の日々、また甘し。
そして、切なし。
そして今、
湖に立ちし若人の目に
浮かぶは、美しきひとれの少女。

海の涯てへと帰依し朝。
“あなたが好きな・・”
ふみのひと言も
涙の痕で、読み取れず。(痕=きず)
若人の胸を痛めしぞ。
湖にひとり立つ若人の姿。
物悲しく、淋しく・・
夕陽に映える湖水の水面。

泣きゆく雁の姿を映す。
そして湖に
夕陽が沈んでいく。
[愚かな奴]

俺は、思考を重ねるほどに、
己に有利なように考えていく自分を、そこに見い出した。
俺は、明らかに自分を愚かな奴だと思った、嘆きもした。
しかし俺は、決して己を見捨てようとはしなかった。
絶望はしなかった、そう思っただけだ。

そこには、確かに一人しかいない。
しかし、影は二つだ。
空に、太陽が光り輝いている。
他に、なんの光源もない。
といって、目の錯覚でもない。
確かに一人であり、そして二人なのだ。
この影とて、時に一つとなる。
しかし又、すぐに別れる。
歩くたびに、影は動く。
二つの影とて同じだ。
二つの影は、時折喧嘩もする。
片方の影の手が、頭をこずく。
その影は、黙って為されるがままだ。
片方の影は、その不動ぶりに腹を立てる。
あきれ返って、黙りこくる。
黙って、以前のように
歩くたびに動く。
しかしその影も
太陽の没すると共に消えてゆく。

俺は自分というものを、多面的に見る。
そして、
俺、という立体的人間を描き出そうと思った。
しかし、それは苦しい作業だ。
余りに残酷な作業だ。
学生と社会人、そんな作業ではない。
そんなすっきりと割り切れる二人ではない。
ややもすると同一人物になってしまう、そんな二人だ。

一人は
僕は、高校生であることを淋しく思う。
日本という社会機構の中に生活していることを。
僕は、
生存ではなく、明らかに生活している。
社会機構の中の、一つの歯車となっている。
そしてそれ自体に不満を持つでもない。
ただ、彼女のことを思うと
どうしても、生存していたいと思うのである。

俺がこう思うとする。
これが一面の俺だとする。
すると、他の一面の俺が
たちまちに、この俺を苦しめるのだ。


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