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罪と罰 | ”人間存在”ということを意識し始めたのは…… | |
右に、行け! | そう、少し雪の散らつく寒い夜のこと。 | |
戯曲:灰色の教室 | おゝ、いたいた。虫がいた。おゝこの歓喜…… |
= 罪 と 罰 = ”人間存在”ということを意識し始めたのは、高一の後半だったろうか? 頂点は、高二の夏休みと思う。 そのころ某大学内において、ガン細胞を植え付けたハツカネズミ共の世話(バイト)をしていた。 「くれぐれも気をつけて!」と、毎日のように言われていた。 わたしを気遣ってのことではない。 ネズミの世話で手を抜くな、ということである。 臨床的に大事なことである。ガン治療の為に大切なのである。 ネズミといえども、生き物である。 教授は、いつも手を合わせているとのことだった。 しかし、わたしは嫌だった。なにより臭い。 体に染みつく、ツンとくるにおいには閉口した。 ネズミはジッとしていない。 落ち着き払っているネズミは、重病である。 別の意味で、気をつけて世話をしたものだ。 とにかく、嫌だった。が、いまでは懐かしく思えてくる。 それはその仕事ではなく、――あの臭いに耐えられない現象ではなく、その本質=具現化されるものではなく、観念的――を懐かしく思うのだと、推察する。 異性に対してもーいや人間に対してもそう考えられる。相手と話をしている時で、最も話がしやすいのは精神的に孤絶している状態、しかも相対していないときである。相手の顔を見ていない時である。つまり相手という形あるものではなく、声という無形のものに魅かれるのだ。そこに楽しさを感じているのだ。 [ 精神的快楽 } 自分では、そう定義づけている。 人間存在 という問題にしても、そんな気がする。 卓上論理をこねまわしている時が、小説内で――自分の空想の世界での行動は楽しいが、実行ということになると無味乾燥ということになってきそうだ。 あくまでもそれは想像であり、まだ実行には至らない。 がそこに実行という形がないゆえに、なにに対しても――あらゆるものに対処し自信を得ても、不安がつきまとう。 だから、常に自分の存在というものをびくびくしながら見つめているのだ。 歯車の一個たらぬまいとして、存在価値を見いだそうとして焦り、そして不安がっている。 テーブルの上の他人のみかんを取ろうとしながら、その後の罰に恐れをなしているのだ。 罪ではなく、罰を、だ。 |
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=右に 行け! = ある冬の街角で…。 そう、少し雪の散らつく寒い夜のこと。 ダウンジャケットのポケットに迄、冷たさが忍び込んでくる寒い夜のこと。 路面がうっすらと雪の化粧をし、街灯の灯りで眩しい。 辺りを静寂が支配している。 降りつづく雪に、街の声は吸い込まれている。 聞こえる音と言えば、“キュッ、キュッ”という靴の音だけだった。 灯りの消えたビル群が、魔物の巣窟のようにそびえ立っている。 大きく口を開けてわたしを吸い込もうとするように、時折「ゴオー!」という音が聞こえてくる。 その時だ。その声と共に、実に不気味な声が聞こえてきた。 後ろから恐ろしく気味の悪い――お腹からしぼり出すような掠れた声がした。 「だめだ! 左はだめだ。右に、行くんだ!」 背筋を氷が滑っていく。 「だめだ! 左はだめだ。右に、行くんだ!」 思わず後ろを振り向いた。全身が血だらけで片腕のちぎれかけた男が、呼び止めている。 さらには、生々しいタイヤの跡が、顔面に刻みこまれている。 その男、たしかにどこかで見たような気がした。 が、あまりの異形に思わず目をそむけた。 そしてそのまま駆け出し、左へ折れた。 そう。男の言う、行ってはならない左へ行った。 と、ふと思い出す。 血だらけの男の立つ場所は雪が白かった、たしかに白かった。 美しき魔女たちの誘惑に乗らなかったわたしへの褒美がこれなのか。 いや、清廉な日々を送ろうとするわたしへの、悪魔からの懲罰なのか。 「雪、止んでないよ。ゆっくりしていきなさいな。なんだったら、お泊まりもOKよ」 目がくるくると回る愛らしい女の、そんな言葉を背にしての、わたしだというのに。 うしろ髪を引かれる思いをぐっとこらえて、振り切ったというのに。 曲がりきって、あの男から逃げおおせたと気を許した瞬間、凍結した路面で足を滑らせ、道路の中央に転んだ。 そのとき、車の滑る音を耳にした。 その音を耳にした時、わたしの目の上をタイヤが滑っていった。 なんだ、これは! 一体、どうしたことだ。 目の上にタイヤだとは……。 「だめだ! 左はだめだ。右に、行くんだ!」 精一杯、腹からしぼり出すように、わたしは叫んだ。 |
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戯曲 : 灰色の教室
高校時代に、演劇部の新作用にと書き上げた物です。 二編書き上げた内の一遍です。(上演は、残念ながら没でした) 今読み返してみると、恥ずかしい限りです。 現役の高校生の皆さんには、どう映るかな… |
<登場人物> 私 = あだ名は、虫 清 = 私、なる人物に行為を持つ 雅子= 半夢想家・孝子よりは現実的 孝子= 夢想家・偉大なる野望の持ち主 <場> 教室。 私、隅で勉強中。 女子生徒ふたり人、黒板にむかって奇声をあげている。 |
私 | (呟くように)うるさいなあ。やかましくて、計算できないや。 しまった、図書館でやれば良かった。よし、今からでも行くか。 |
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ー 私、机の上の教科書を片づけ、鞄に入れようとする。 そこへ、清が数学の問題集を広げて、さも大げさ に走り込んでくる。 ー |
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清 | おお、いたいた。虫がいた。おおこの歓喜、いかにすべきか!(身振り手振りを大げさに) |
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ー 私が帰ろうとするのを見て ー | |
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清 | なんだ、もう帰るのか? |
私 | ああ、(あてつけがましく)こんなにうるさくちゃ、なにもできゃしない。図書館でやるよ。 |
清 | 残念でした、今日は休館日でした。 さっき、きみを探しに行ったけど、地獄への門は閉ざされていた。 (前と同様に大げさな身振り) |
私 | 地獄への門? 大げさだなぁ、清くんは。でも、弱ったな。 |
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ー黒板で騒いでいたふたりの内のひとりが、私と清の方を向いてー | |
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孝子. | あーら、お邪魔かしら? |
清 | ああ、うるさい、うるさいよ。非常にうるさいよ。 |
私 | (清だけに聞こえるように、小声で)うるさいというのは、もっと耳あたりのいい状態だと思うけど。 |
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ーもう一人も向いてー | |
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雅子. | マア失礼ね。そんな遠回りな言い方、やめてよ! だからインテリなんて、嫌いよ。 |
清 | それがインテリのインテリたる所以さ。なあ、虫。 |
私 | 清くん。その、虫はやめてくれないか。 |
清 | いゃあ。しかしやっぱり、勉強の虫だから、いやホント。 おれ、感心してるんだ、立派だと思うよ。 |
孝子 | (教壇から降りて)あら、なにが立派よ。くだらないわ! そんなことに、青春の貴重なエネルギーを使うなんて。 |
雅子 | そう、あたしもそう思うわ。 でも、勉強がくだらないからというのではなくて、もっと大切なことに使うべきよ。 青春は灰色ではなくて、バラ色にしなくちゃ。 |
清 | バッカヤロウ! それは劣等生のひがみだよ。 口実にすぎん。結局いまやらなきゃ、将来泣くんだから。 |
孝子 | あら、そういう清くんは、なによ。 |
清 | なんだよ、ちゃんと勉強してるじゃないか。 いまだって、わからないから聞きに来たんだ。探したんだぞ、学校中。 |
私 | 大げさだなあ、清くんは。 |
清 | いや、おれ、ホントに尊敬しているんだ。 学校の首席のきみと、こうやって対等に話ができること、すごく嬉しいんだ。 |
孝子 | 清くんって、意外とダメなのね。あたし、もっと骨のある男の子だと思ってたのに。 |
雅子 | そうね、少し意外だったわね。 それに、首席だからとうだけのことで、尊敬ということばを使うのは愚劣だわ。 |
清 | なに! 愚劣だと。もういちど言ってみろ、女子だからって、許さんゾ! |
雅子 | うーん! それよ、それなのよ。それがいいのよ。 清くんの怒ったところが、いちばん清くんらしいわ。 |
清 | バッカヤロウ! 上げたり下げたり……まった女子は扱いにくいよ。 |
私 | 女子と小人は養い難し! |
孝子 | ああ、いらだつなあ。どうしてそう、インテリぶった言い方するの。 清くんが言うとそれほど気にならないけど、虫に言われると腹が立つ! |
清 | 俗に言うな。「好きな人の一挙一動が疳にさわる」って。(雅子と清、顔を見合わせてクスクスと笑う) |
孝子 | イーだっ。冗談も、時と場所に寄るわよ。清くんは、そういうところがダメなの! |
清 | じゃあ、虫はそういうところが良いのか? |
孝子 | いやね! 冗談ひとつ言えない男の子なんてダメよ! |
清 | ケッ! なにを言ってるんだ、虫のジョークがお前にはわからないんだよ。 |
孝子 | あらっ、じゃあ清くんにはわかると言うの? |
清 | あったり前田のクラッカーだってえの。 だから、虫とは仲がいいんだよ。なあ、虫。 |
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ー次第に辺りが暗くなり、私だけが浮き上がるー | |
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私 | (独白)そういえばそうだ。 ぼくのジョークを理解してくれるのは、清くんだけだ。なぜなんだろう。 |
雅子 | (声のみ)なんとか言いなさいよ。 |
私 | (左の方を向き、浮き上がった雅子を凝視して) なぜ? なぜ? 雅子さんは、ぼくの名前を呼んでくれない、なぜ? |
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ー雅子、消えるー | |
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孝子 | (声のみ)どうしてそんなに勉強の虫になったの? |
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ー私、右を向き、驚きの目。孝子が浮き上がる。孝子、セリフの途中に消えるー | |
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私 | 勉強の虫? …そうだ、そうなんだ。ぼくは勉強の虫になってしまった。 なぜ? ……清君のようにスポーツを楽しむこともない。 みんなとバカ騒ぎもしない。輪の中に入りたいくせに。 |
清 | (声のみ)どうした? どうしたんだ? |
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ー辺り、明るくなるー | |
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私 | (我に返り)うん、そうだ、そうなんだよ。ぼくには、わかっているんだ。 (泣き叫ぶように!ぼくは恐いんだ! 不安なんだ! ぼくは、清君のように万能選手じゃないんだ。足は遅いし、腕力もない。 跳躍力だってない。体は痩せてるし、なんの取り柄もないんだ。 |
清 | おいおい、どうしたんだ! しっかりしろよ、おれはきみを尊敬してるんだぜ。 |
私 | 尊敬? 笑わせないでくれ。このぼくのどこを尊敬するというんだ。 成績が、きみより少し良いというだけじゃないか。 きみらよりも、少しの時間を勉強に費やしているだけじゃないか。 ああ…‥(頭を抱える) |
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ー辺りが暗くなり、私、浮き出るー | |
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三人の声 | (悪魔の声のように低音で、エコーを効かせる)どうしたの、どうしたの、どうしたの? |
私 | ああ、やめてくれ。 ぼくから勉強を取り除いたら、なにも残らないんだ。 ぼくの存在さえ、あやふやなものになる。 ぼくは有名大学に行くために勉強しているように、みんなは言うが、違うんだ。 ぼくが勉強するのは、真剣にクラブ活動をすることと同じなんだ。 勉強だけが、ぼくという一個の人間を、この学校でいや社会で、存在しているという自覚を思い起こさせるんだ。 |
三人の声 | (前と同様に)違うサ、違うサ、違うサ。 |
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ーしばしの沈黙ー | |
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私 | (静かな声で)ぼくは独りぽっちなんだ。そんなことはわかっている。 |
影の声 | (三人以外の声)誰だってそうなんだ。我慢しろ! それに耐えきるのが人間の素晴らしさだ。 |
私 | そんな、そんな! ぼくには、耐えられない。 お願いです、ぼくにだけ教えてください。それから逃れられる方法を。 ……それが僕にとっては勉強だった。 でも、虚しい。いくら覚えても、それは形にならない。 みんながぼくから離れていく……。 淋しいんだ。みんなと話がしたいし、騒ぎたい。 でも、ぼくのジョークは通じない ……ああ目が回る、目が回る。(フラフラと中央へ。そして、バッタリ) |
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ー明るくなる。三人、私を机の上に乗せる。孝子はウロウロ・雅子はじっと私を見つめている。清は下敷きで風を送るー | |
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私 | (目を開け、体を起こす)ああ、よく寝たなあ。いゃあ、ごめんごめん。迷惑をかけて。 |
清 | おい、大丈夫か? ああ、びっくりした。 |
雅子 | 心配させるわね、まったく。 |
孝子 | なによ、勉強の虫が眠ったりして。 |
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ー三人とも怒った顔をしながら、次第に涙をこぼすー | |
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私 | (小声で)うん、ごめん。疲れていたんだ。 体を休める場所も時間もなかったんだ。 でも、きみたち三人に囲まれて、本当にぐっすり眠れたよ。 さあ、もうひと頑張りだ。清君、どれだったかナ、問題って……。 |
清 | あ? ああ。こ、これなんだ。(涙を拭きながら教科書を広げる) |
雅子 孝子 |
虫くん、あたしたちにも教えて。(ふたり、声を揃えて) |
私 | なんだい、みんなどうしたの、一体? |
雅子 | あたし、考え間違いしてた。 大学の予備校化された高校教育に怒りを抱いていたの。 だって、いまの大学なんて遊び呆ける為の社交場って感じでしょう。 そこに入学するために、その入場券を得るために、高校生活を犠牲にしてるのよ。 でもね、就職するあたしは、青春を楽しみたいわ、高校時代に。 それなのに、先生たちったら…‥(泣き崩れる) |
孝子 | 社会に出たら、もう学生時代のような夢見る時期はないのよ。 それなのに、夢さえ見させてくれない。 そう思って、ヒネクレていたのね。 でも、虫君が倒れるのを見てわかったの。 あんなに倒れるまで何かに向かって突進していく、立派だわ。 あたし、あくまで劣等生でいくけれど、でも虫くんに負けないくらいに頑張る。 それで、この高校初の、ううーん、きっと日本全国初の、女子の生徒会長になってみせる。 きっと、なってみせる。 |
清 | みんないいカッコしてえ! よーし、俺もクラブで頑張るゾ。きっと全国一になってみせるからナ。 |
私 | やろう、みんなでやろう! この灰色の教室で、バラ色に輝く夢を見、そして実現しようよ。 約束だ! |
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ー四人、手を差し出し取り合って、上に上げる。視線は、その手にー |