神 = | ねぇ、お前。あの少年は、如何した? | ||
閻魔= | はい、神様。申し訳ございません、ご報告もせずに。やはりのことに、等活地獄行きも致し方のない仕儀かと、心得ます。如何なる事由があろうとも、やはりのこと、自ら生命ちを断つことは許されざることにございます。 | ||
神 = | そうよのう・・。しかし少年の罪を、一等減じさせることはできないものかねぇ。ひと言囁いてくれないかねぇ? | ||
閻魔= | 恐れながら、それは致し兼ねます。そもそもこの定めは、神様、あなた様がお作りになられたことです。 | ||
「己の罪は、己が一番良く知っておる。しからば、その罰は己に決めさせょ。」 | |||
閻魔= | 俗世界での汚れをこの天界で落とし切らねば、転生した折に、又辛い日々を送らねばなりませぬ。それは皆、重々に承知しておる筈。それに天界において己を偽ることの愚かさを知らぬ者は、誰一人としておりませぬ。 |
||
閻魔= | お願いがございます。これより後、子どもらに対する大人の逆襲が起きないかと、危惧しております。そうなる前に、どうぞご慈悲を持ちまして、救済の道をお示しいただければと思います。 | ||
神 = | うむ、しかしのう・・。儂の示す道を、曲解する者が出てくるのじゃ。意図してのことか、それとも無知ゆえのことか・・、のう。 | ||
閻魔= | 左様で。実は今、人間界はとんでもないことになっております。わたくし実のところ、亡者どもの整理に忙殺されております。 | ||
神 = | とんでもないこととは、少年事件の凶悪化のことかね? | ||
閻魔= | それもございます。が、家族間の殺傷事件が、過去にも増して凶悪化しているのでございます。兄弟殺し、そして親殺し、といった具合でございます。家庭の崩壊故か、家族間の繋がりといったものが希薄になっております。 | ||
神 = | ふーむ、、、核家族化と称される時代に育った人間が、親になってからのことなのかな? | ||
閻魔= | 世代的にはそういうことに、なるのでございましょうか。世相が快楽主義を、希求しておりますので。 | ||
神 = | ふーむ、嘆かわしいことでは、あるのぉ。 | ||
閻魔= | はい。誠に、その通りでございます。 | ||
神 = | で、あの少年のことは? | ||
閻魔= | はい、お待ちください。今、資料を持ってこさせますので。これ青鬼や、あの少年の資料は揃えてあるか? | ||
青鬼= | はい、閻魔さま。ここに、清書しておりますです。 | ||
閻魔= | うん、ご苦労。あゝ、なるほど。ふむふむ、さもありなん。 | ||
神 = | これこれ。ひとりで納得せずに、早く、早く、、 | ||
閻魔= | 申し訳ありません。えぇ、これによりますと、やはりの如くに足繁く通ったようでございます。おぉ、とうとう学校も登校拒否しております。なになに、朝十時の開店時には、ウィンドウの前に居たそうでございます。地べた座りなどという恰好で、日がな一日居たようでございます。 | ||
神 = | 一日中、とな・・・ | ||
閻魔= | はい。夜八時の、閉店時まで居続けたようでございます。 | ||
神 = | うーん、そうなのか・・ | ||
閻魔= | さてさて、それではお話しを聞いていただきましょうか。 | ||
うーん、何からお話しすれば良いのやら・・。やはり、このことからでしょうなぁ。 その日も何をするでもなく、ぼんやりとウィンドウの中のマネキンを見やっている少年に、ひとりの少女が声をかけてきました。 「どうしたの?お腹でも痛いの?」 「べつに・・」 「となりにすわっていい?」 「べつに・・」 「君ん家に、泊めてくれないかなぁ?」 「べつに・・」 無表情に答える少年でございましたが、特段嫌がる風もなくでございました。が、といって、それ以上の会話があったということもないようでした。 この少女がまた可哀相な娘でございまして、宿無しなのでございます。昔風に言えば、フーテンなのでございます。マンガ喫茶やらハンバーガーショップのような、24時間営業の店でひと晩を過ごしておるようでございます。中々に俗世の対応も、厳しいものがあります。 少々、この少女についてお話ししましょうか。年齢は十七歳、今年中に十八歳になります。元来は、快活な少女でございました。中学の頃はテニス部に所属し、熱心に励んでおりましたようで。まあ運動神経は、並よりやゃ劣るぐらいでしょうなぁ。ですから、試合経験はゼロでございました。といって、そのことで不平不満を洩らしたことは、一度もございません。そんな少女が激変したのは、高校に入学してからでございます。残念ながら希望校への入学はならず、仲の良かった友らと離れてしまいました。 高校での部活はいわゆる帰宅部でございまして、他校に入学した友らとの交遊を望んだのでございます。が、その者らは揃って部活が忙しく、少女と疎遠になっていきました。さてさてそんなことから、少女に対するいじめが始まったのでございます。 いえいえ、初めは軽いものでございました。少女が軽く受け流せば、すぐにも収まったかもしれません。が、いじめを受けた経験のない少女は、パニック状態に陥ってしまいました。すぐに担任へSOSを発信したのでございます。これが裏目に出てしまいました。その担任は他校から異動してきた若い女性教師で、学校の指導方針“いじめを許さない”に、敏感に反応したのでございます。 緊急クラス会と称して、放課後に生徒全員の居残りを強行したのでございます。部活やらデートやらの予定のあった生徒らのブーイングの中、少女の実名をあげていじめの終焉を訴えたのでございます。教育熱心さからの、暴走であったかもしれません。それからというもの、本格的な陰湿ないじめが始まったのでございます。少女は担任に失望し、固く口を閉じるようになりました。ひとりで抱え込み、寡黙な少女になってしまったのでございます。 両親には、まさに青天の霹靂でございましょう。少女の口からは何も語られず、担任に問い質しても“解決済みのはず”と、受け付けません。挙句、“家庭内の問題では?”と切り返される始末でございます。結局は、少女の家出という最悪の結末を迎えてしまいました。 しかしそんな少女ですが、少年と出会ったことにより、少しずつ己を取り戻し始めました。
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神 = | そうかね、少女は、取り戻し始めたのかね。 | ||
閻魔= | はい、その通りでございます。 | ||
神 = | 少年の親は、さぞ驚いたことじゃろうて。 | ||
閻魔= | いえそれが・・・。 | ||
神 = | うん、なんじゃ? | ||
閻魔= | 別棟なのでございます。庭先に六畳のプレハブを置きまして、そこで少年ひとり寝泊りしております。何がしかの金員を渡し、それで生活させているようでございます。 | ||
神 = | 何じゃとお!何という親か!許せんぞ! | ||
閻魔= | いえいえ、それも致し方のないことかと・・ | ||
神 = | どういうことじゃ? | ||
閻魔= | 暴力、でございますょ、少年の。父親は単身赴任で、母子家庭の如きものでございます。では、改めてお話しを。 | ||
少女が転がり込んで三日ほど経った時、母親が少女の存在に気付きました。 「*$%#&‘{;=!%?」 母親の問いかけに、少年は異国語を聞いたような表情を示します。 しつこく問い質す母親に、 「べつに・・」と、答えております。で、その言葉を聞いた母親は、それ以上を止めました。その後、キレるからでございました。 少年と少女の奇妙な同居生活が始まりました。マネキン詣では、そう一週間ほど朝から夜までが続きました。もちろん、二人揃ってでございます。店のオーナーもびっくりです。少年一人だったものが、二人に増えたのでございますから。警察を、と考えはしたようですが、今しばらくの様子見を決め込みました。 それが功を奏したのか、日によっては見かけなくなりました。現れても、半日ほどで立ち去るようになりました。いえいえ、少女が何かを言ったわけではありません。少年主導の下、少年の意のままに一日が過ぎてゆくのでございます。 怪訝な目で見ていた母親も、少年の変わりようには驚きでした。終日穏やかな表情を見せる少年など、久しぶりのことなのですから。今では、その少女が菩薩さまに見えていることでしょう。少女の欲した卓上コンロやらフライパンをすぐさま購入しました。包丁代わりのナイフには、多少の不安を感じはしたものの、購入することに致しました。 その頃には短くはありますが、少年と少女の間に会話が成立し始めていました。もっとも、何かをしてほしい折だけのものではありましたが。 曰く 「お腹がすいた」 曰く 「背中がかゆい」 曰く 「着替えたい」 曰く 「寝る」 等々。 どこかで見たような風景ではございませんか? 「風呂、めし、寝る」で、ございます。 それはそれとして少女の得意料理は焼きそばらしく、今日も今日とて大量のキャベツの千切り、いや百切りを作っております。ひと玉全部を切り終えると、ボールから溢れんばかりです。これでは、焼きそばというよりはキャベツ炒めの焼きそば麺入りと称した方がよろしいか、と・・。しかし少年は、嬉々として食しております。 ひと月が経ったある日の朝、少女が少年に言います。 「着替えを取ってくる。」 それに対して “これで買って来い” とでも言いたげに、少年は黙ってお金を差し出しました。 「戻ってくるって、必ず。待ってて。」 しかしその日、少女は戻りませんでした。翌日、少年は朝からフライパンをガンガンと叩き続けました。そこに少女が居ないにも関わらず、“焼きそばを作れぇ!” とでも言いたげです。丸二日、フライパンを叩き続けました。さすがに三日目には疲れ果てて、泥のように眠りこけました。 結局少女は戻りませんでした。少年の世話をすることで、少女は己を取り戻したのです。 二昼夜眠り続けた少年は、少女が使っていたナイフを持ち、あのマネキンの下へと行きました。ほぼ二週間ぶりの再会に、おいおいと泣き崩れました。外ではなく店内に入り込み、マネキンの足元に崩れ落ちています。 怒ったオーナーが少年を引き離そうとした瞬間、少年の持つナイフがオーナーの腹部に突き刺さっていました。一瞬何が起きたのか理解できぬオーナーでしたが、ナイフが抜かれて噴き出す鮮血!オーナーはその場に崩れ落ちました。 少年はマネキンと添い寝をします。しかしもの言わぬ彼女に腹を立て、ナイフを何度も突き刺しているのでございます。
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神 = | そうか・・。少女は、己を取り戻したか・・・ | ||
閻魔= | はい。しかしながら、少年が・・ | ||
神 = | まっ、止むを得んことも、のぉ。 | ||
閻魔= | 失礼ながら、少女に対しては寛大では?・・神様も、男性、、、 | ||
神 = | これこれ、なにを言い出すのじゃ。吾は、公明正大じゃて。 | ||
閻魔= | 申し訳ありません、余計なことを申しまして。 | ||
神 = | で?少年の死は、どのようなものじゃったのだ? | ||
閻魔= | 途中まででございました、お聞きくださいませ。 | ||
パトカーのサイレンが聞こえ始めると、ナイフをその場に残して、店の裏口から抜け出ました。そして隣のビルの屋上へと駆け上がったのでございます。警察官もすぐさま少年を追いかけましたが、屋上に辿り着いた時には・・・。時既に遅し、でございました。
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神 = | そうか・・ためらいは、なかったのじゃな。 | ||
閻魔= | はい。それほどに、傷が深かったのでございましょうか・・・ | ||
神 = | で、糾問はどのようなものじゃったのだ? | ||
閻魔= | はい、それでは。 | ||
寡黙だった少年ですが、突然饒舌になりました。 生い立ちを滔々と語り始めました。父親には激しい憎悪を、母親に対しては蔑みの念が強く出ていました。更には、教師・友人と次々に事例を上げて、それぞれを罵倒しました。そして最後に、あの少女のことになりますと、はらはらと涙を流し恋慕の情を語りだしました。しかし突如、阿修羅の表情を見せ、“裏切り者!” と罵りました。 これが、少年の最後の言葉でした。 「ぼくは、悪くない!」 「ぼくは、いい子なんだ!」
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さてさて、神さまのご機嫌を伺うとするかな・・ |
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