二人だけのイヴ                  

 Silent night holly night.
 All is calm all is bright.
 Round yon vergin mother and child.
 Holy in fant so ten-der and mild.
 Sleep in heavenly piece.
 Sleep in heavenly piece.


天国編

ろうそくの火を三本灯しーみかん箱の上に、テーブルの上に、そして窓辺に置く。薄明るい四畳半に、僕と君がいる。

クリスマスイブの今宵、ぼくの気まぐれだけで、この部屋に君を招き入れた。 風邪をひいたという君は、コタツ一つない寒いこの部屋で、オーバーに身を包んで震えている。
僕のたった一つのレインコートをその上にかけようとすると、
”あなたが寒いから”と、僕の背にかけてくれる。
あぁ、ありがとう。これ程の幸せを誰が知る?
君のかわいらしい手のぬくもりが、僕の背に伝わる。そして電気のように、僕の心臓を高ぶらす。
” Holy night ” 
君の鈴のようなその声は、まるで天使だった。いつだったか、その声を聞いた。

人生に対する夢が消えたあ日、冬の荒々しい日本海に向かって、とめどもない涙を流し我が身を憂えた。
涙さえすぐに凍りつきそうな冷たい風。一点の希望さえ生まれない冬の海を見つめながら、“死”という観念に囚われていた。
沖に夜光虫の青白い光を見つけた時、僕の心の不安・おののきは消えた。と同時に、言いようのない暖かいぬくもりがよみがえった。思わず、その冬の海に飛び込み、夜光虫の光をこの手の平にのせたいと思った。
そこには、“死”という観念ではなく“生”という真実があった。

”冷えるね・・” 
”そうね・・”
唯これだけの会話。二人の思いは、十分にお互いに通じる。一つのショートケーキにナイフを入れ、大きい一切れを彼女に。そして残りを、僕の皿に。
”さあ、メリー・クリスマス !! ”
”メリー・クリスマス !! ”

足元に布団を掛けて暖を取る。君の冷たい足に、僕の足をそっと添えた。耳まで真っ赤にして、君はうつむいた。
「ありがとう・・」
小さな、ホントに小さな、消え入るような声が耳に入る。
「ごめんね、プレゼントを買えなくて・・」
「いいの、何もいらないから・・。」

僕が、君の肩に手をまわす。
君が、僕の肩に顔をのせる。
フローラルな香が、僕の鼻をくすぐる。
「好きだょ、アコが」
「もっと、好き・・」
そっと、君に口づけした。

僕たちのイブの全てが終わった。薄明るいろうそくの三本の火は赤々としている。外には、この四畳半の部屋のろうそくの火を見つめている、青白い月の光。その光にも増す明るさに目をとられているかの如くに。

今宵のろうそくの火は消えても、
僕たち二人の胸につく火は永遠に燃える続けるだろう。


初恋 〜ぶるう・マーダーラァ〜


初恋の人の想い出は、雲海のような煙のたちこめる中でのことだった。
その人の亜麻色の髪から漂う、その甘い香りは、私をどことへなく連れ去り、私は現実の世界から飛び立つ。
支えるものも無く、私はその中を歩いたー跳び続け、酔いしれたーいや酔いしれすぎた。そのあまり、私の脳裏に焼き付けられた初恋の人はこの世に存在してはならない人になった。

雲海のような煙のたちこめる中で、その人は香りだけを漂わせ、決して姿を見せないーそんな人でなければならなかった。そしてその時の私自身も、鏡の無い世界で居なければならない。
私自身の姿さえわからないーそう、『恋の世界』
私は、初恋の人を、そこに置いてしまった。

そしてそれが為に、現実世界にいたその人を忘れがちとなり、遂には破局への道を歩き始め、『恋の世界』に、初恋の人は”想い出”として、残された。
私の脳裏に、深く”想い出”が焼き付けられた。


地獄編


「いいのかい?外に出て。みんなでイブを楽しんでいるようだけど。」
「いいの。私、みんなでバタバタ騒ぐより、トシと歩いていたいの。それに、み
んなの中で小さくなったトシを見るの、嫌だもん。」
「チェッ! 見くびってるナ。」
アコは、襟に白いフリルの付いたピンクのワンピースに、真っ赤なコート。
トシからの贈り物、真っ赤な手袋。それが、暖かく包んでくれる。
トシは、薄いブラウンのスーツの上に、黒いレインコート。
アコからの贈り物、手編みのマフラー。それが、暖かく包んでいる。

「冷えるなァ、今日は。」
「そうね、雪が降るかもしれないネ。」
白い舗道を、としはアコの肩を優しく抱いて歩いた。アコは体をトシに預け、足
が地についていない心地だった。

「あそこの喫茶店で、コーヒーとケーキでお祝いしよう。すごくシックな店なん
だぜ。天井に一つだけ、光の弱いシャンデリアがあり、ワンボックスごとにろう
そくの三本一組が、壁にあるんだ。ソファは、フンワリとしていて気持ちいいし。
床には、赤い絨毯が敷いてある。」
「フーン、いいところね。いいわ、行きましょう。クリスマス・イヴだもん、い
いわよ。」
アコはトシの輝く瞳に酔いしれながら、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
”学校の先生に見つかれば、停学かしら・・”

トシは、アコのコートを優しくたたみ、トシのコートと同じくソファに置いた。
「暖房が効いてて気持ちいい!」
「そう、いいところだろう。」
二人の声は少し上擦っている。
「そうね。少し暗いけれど、トシだから安心。」
アコは力なく肩を落とし、ホッ!とため息をつく。

「どうしたの?少しセンチメンタルになったのかな、アコらしくないぞ。」
「フフフ、そうよ。ちよっとおセンチになっちゃった。だって、トシが優しすぎ
るから・・・。だけど、来年は高校三年生。そして、大学入試・・・」
トシの沈んだ顔に気づいたアコは、明るい話題に切り替えようとする。だけど、
ウェイトレスに邪魔された。珈琲とケーキが並べられる。そのウェイトレスの目
に、嫉妬に似た強い光を感じ、アコは小さくなってしまう。
トシはウェイトレスにニッコリ笑いかけ、短く”Thannk you”。
アコの知らないトシがいる。トシが、遠くに感じられる。

アコは追いかけるように話しかけた。
「よく来るのね、ココ。」
「うん、そうだな。日曜日毎かな。・・・どうして?」
珈琲に砂糖を入れながら、トシが言う。
アコは、スプーンでカップをかきまわしながら、
「あのウェイトレスさんとは、仲がいいの?」と、聞く。
「えっ?!」トシは、意外!といった表情を見せた。そしてねさも面倒臭そうに。
「あぁ。仲がいいといっても、ピーナツの量を少し増やしてくれるだけさ。それ
だけのこと・・」

「フーン。だけどあの人、トシに気がありそうよ。」
トシの言葉にかぶせた。
「へぇーそうかい。それは、それは。」
トシの心は、アコとのデートを楽しみたいという気持ちで一杯なのに。こだわり
続けるアコに、少しうんざり!。
「うぅーん!顔を上げて!!好きなの?あの人。」
しつこく聞き直すアコ。からかい半分で無造作に答えた、トシ。
「ああ、好きさ!」
と、アコが、今にも泣き出しそうな顔に。
「ごめん、ごめん。冗談だよ。アコが一番好きだよ。でなかったら、ここに連れ
てくるはずがないだろう。自慢しに来たんだ。」と、慌てたトシ。
 
「そう、そうよね!私の方がいいわよね。」
アコは、パッと、顔を明るくし目を大きく見開いた。トシは、お腹の中に暖かい
ものを飲み込んだ。心底、可愛いと思った。そして、いつまでもこの可愛さいら
しさを保ってほしいと思った。
「そうだ、忘れてた。はい、プレゼント!マッチ売りの少女にこの花を差し上げ
ましょう。」
「まぁ、すてきなお花。ポインセチアね。ありがとう!」
”何んて可愛いんだ”と、手放しの喜びように、トシは顔をほころばせた。
そして、
「あなたの窓辺に、青い鳥が」と、花言葉を添えた。
アコの感動は、頂点に達していた。目が潤み始めた。トシは、そんなアコの喜び
ように酔いしれた。二人の話は弾み、アコは学校でのことを、トシは仕事場での
ことを飽きることなく話し続けた。寒い雪の降り出した外へ出ても続いた。

=同じ町の、同じ中学に通っている二人。
 素敵な彼ととても仲良しで、みんなに羨ましがられている私。
 学生服についている小さな糸くずを取りながら、
「ほら、気をつけなくちゃだめよ。」
 と私が言えば、彼は優しく笑みを含む目で私を見つめているの。いつまでも・
 ・・
 おつかい帰りの私を乗せて、彼は軽くペダルを踏むの。
「ねっ、お友達が冷やかしている。降りるわ、止めて。」と言うと、
「構わないさ。気にしない、気にしない。」と、受け付けない彼。
 降ろしてくれなかった仕返しに、ちょっぴりふくれてやった。
(でも、嬉しい!)
 彼が謝らない。強情っぱりの二人は、それから三日間、一言も口を聞かずでし た。

アコは二人がモデルよ、と少し頬を赤らめながら言う。トシはとても素敵だょ、
とほめた。それでは、と、アコの前に立ち止まり、その可愛らしいおでこに軽く
キスをした。アコの小さい胸は、喜びにふるえた。が、燃えるような口づけを、
期待していたアコには、物足りなくも感じた。
「子猫ちゃんのおでこは、おいしいね。」
 照れ隠しのトシの声は、妙に固かった。
”やっぱり子供扱いなのね。私、真剣なのに。トシは、ちっとも・・・”

二人の上から冷たい雪は、まるでトシの心を苛むように、間断なく降り続いてい
た。
「アコも来年は高三です。受験のこともあるので、交際は控えてほしい。それに、
君は中卒だろう。えっ、定時制高校卒業?何にしてもだ、世間体もあることだし。
まっ、よろしく頼むよ。」
アコの父親の言葉が、トシの心に突き刺さる。

”今日で、お別れだ”
言葉にならない声だった。