蒼い友情 〜ブルー・まぁだらぁ〜


 それは、快い朝の目覚めだった。
 昨日の朝のことが、まったく嘘のようにさえ思える。これ程にも土地柄の違いというものが、人間に影響を与えるのであろうか。今にして街での空しさを知り、また街での処し方がいかに難しいかを知った。それは次に来るべき明日の予測を誤った者が味わう、惨めすぎる程の挫折−仮に想像の域を脱しないものだとしても−が、多大な不安を与える。

 真っ青な空に、二つ三つの白い雲。その間をぬって風は流れ、その風の流れに雀も飛び交う。今、畑のあぜ道を、鍬をかついで歩く腰の曲がった老人がいる。春にはれんげ草が咲き乱れ、多くの子どもたちがそこに寝転び、蝶々と戯れるのだろうか。しかし今は、老人が歩いている。十年前の自分に戻りたいとは思わない。しかしもう一度、故郷のれんげ草のにほいを嗅ぎたいとは思う、自分だ。

 私は心の命ずるがままに動いた。そのつもりであり、今もそう確信している。が、友の新一に言わせれば、“踊らされている”となる。私としては、思うがままに動き、思うがままに言葉を発し、そして結果を得ている。しかし新一は、“踊らされている”と言う。

 私が新一といつ如何にして知り合ったのか、二人とも明確な記憶を持っていない。いつの間にか私の前に現れた。どこに行くにもいつの時も、二人一緒だ。家族よりも、その間柄は濃密だ。しかし新一のことは、家族の誰にも話していない。

 新一は、人生を否定的に考える癖がある。人間は決して満足しない生き物だと考えている。それ故に、人間は不幸でしかあり得ないと言う。私とは相容れない。そのことから、あの“踊らされている”という言葉になっていると思える。

 昨日の早朝、窓の中にどことなく白々としている街並びがあった。柄にもなく早起きをした私は、テレビにかじりついていた。現在を賑わしているヒッピー族と称する若者のインタビューに耳を傾けた。コメンテーター三人が一人のヒッピーに対して、矢継ぎ早に質問をしている。

 平然とそして冷然と受け答えしていた若者だが、ものの五分と経たない内に態度が粗雑になり始めた。若者の言葉が荒くなり、刺々しくなる。コメンテーター達の質問も辛辣さを増していく。次第に苛立ち始めた若者。その光景は、見るも無残なものだった。

 一匹の子羊を、血に飢えた狼と腹を空かせた熊と猛り狂う猪とがいたぶっている。結局のところ、ヒッピー気取りの若者をこらしめるといったことなのか。それにしても、マスコミという化け物の餌食となった若者も哀れだ。錬達なカメラワークの中で、若者は次第に色を失っていく。とどのつまりが、「あんた達に何が分かる!」と怒鳴り散らして、スタジオを後にした。コメンテーター達の勝ち誇った顔がアップとなるに至って、私を嫌悪感が襲い、反吐が出そうになった。

 「あのヒッピーもどきが、つまり君だ。コメンテーター=マスコミに、マスコミの意のままに踊らされているんだ。ヒッピーがそのことに気付いて逃げ出したのか、唯単に頭に来て飛び出したのか。どっちかな? 気付いていないとしたら、これ程バカな男もいない。気付いてのことなら……いや、テレビに出た段階で、若者はヒッピー失格さ。」

 私に向かって投げかけた言葉かと思い、身構える私だったけれども、新一の目は私を見ていない。テレビに視線は向いていたけれども、見ているようには感じられない。そう、ブラウン管に映っている新一自身を見つめているような、そんな風に感じた。

 「大人に分かるわけがない! そう主張するのなら、答える必要はない。そもそもテレビに出るなど、言語道断だ。文明社会を捨てて、大自然の中に戻るヒッピーなのに。文明社会の最たるもののテレビに出るなど、だ。明らかにギマンだ。あいつはヒッピーじゃない! 単なるスネ男だ。」

 「ヒッピーはすでに人間失格なんだろ? 文明社会においては、生存の場はないんだろ? だったら、ただ黙って、大自然に帰ればいいんだ。トンボめがねをかけて、布袋を背にして、ゴム靴をひきずって。もどきだ、もどきだよ! 淋しい、淋しいぞ、バカめが!」

 誰に話しかける風でもなく、むろん私を意識していた風でもない。やはり、新一自身にむけてのことだったのか。自身に対するメッセージなだったのか。新一の瞼が閉じられる一瞬間、新一の目に憎悪の炎が燃えているように感じた。けれども次に溢れ出た涙で、すぐに消えてしまった。

 暫く続いた沈黙の後、今度は私が言葉を紡いだ。
「若者だって、その位の計算はしているんじゃないか。獰猛な獣に痛ぶられる小動物然として、世論の同情を買ったのじゃないかな。第一君をして、マスコミに対し悪感情を抱いたじゃないか。若者のために涙を流したじゃないか。同世代の純朴な若者が攻撃されたのが、たまらなかったんだろ?」

 「それにだ。僅かではあっても、ヒッピーに対する偏見を取り除けらればと思ってのことかもしれないぜ。ひょっとして……」
「その物分りの良さが、だめなんだよ。」
新一が私の言葉を遮って言う。
「流されちゃだめだ。物の本質が変わるわけがない。原則が大事なんだ。踊らされちゃだめだって。」

 そんな新一の言葉に、私は黙した。独善的な新一に反論は許されない。一の反論に対して、十の再反論が返ってくるのが常だ。私が黙りこくると、新一は満足げに頷く。正直癪に障るが、新一と口論しても始まらないと、私がいつも矛を収めてしまっている。

 相反する意見の二人の間に、友情というものは存在し得るのだろうか。果たして、同一行動を取る二人だからと、友情が存在しているのだろうか。私と新一のような従属的関係でも、それは友情と呼ばれるのだろうか。私は新一が好きだ、尊敬もしている。新一もまた、私が好きだと言ってくれる。

 新一は言う。
 「愛憎のに、人は住んでいるのじゃないだろうか。感情を持たない人間など居るはずがない。もし居たとしたら、その人は超人だろう。全てを超越して論理的に思考するl……ぞっとするね。『超人たちの国』なんて、『人でなしの国』だろうさ。」

 「一つ目人間の国に迷い込んだ男が、年月が経つにつれて二つ目の己を不具者と見てしまう。怖いことだけれど、いつの時代でも起きている。真理なんてものは存在していないのさ。そんなものは時代時代で変わるものだ。『後世の歴史家が判断してくれる』って言い訳するけれども、あんなものは詭弁だね。」

 「だってその時代に生きた者にとっては、後世の人間なんて関係ないだろうが。人間誰しも、幸せになる為に生きてるんだろ? その為に一所懸命頑張るんだろ? 但し、但しだ。欲張ってはいけない。分相応って奴を考えなけりゃ。戦争なんて、欲張りの人間が引き起こすものさ。」

 「仕掛けた方が欲張りだと、断言はできないだろうけれどね。じっと我慢の子だった方が、もう我慢ならん! となる時だってあるだろうからさ。」
 立て板に水の如くに話す。いつもこの調子だ。例え話を組み込まれては、妙に納得せねばならないような錯覚に襲われてしまう。

 新一はいつも言う。
 「机上の論理をこねまわしてちゃだめだ。その前に、動いちゃえ。若いんだ、行動あるのみだ。青春時代には、考える時間なんてないんだ。走る時間だけがある。」

 この新一の論理には、一もニもなく賛同した。そして常に行動することを意識して、いわゆる走りながら考えることを実行した。と、新一に微妙な変化があるように感じられ始めた。思い過ごしなら、それはそれで結構なことだ。むしろその方が嬉しい。しかし皮肉めいた新一の言葉が気になるこの頃だ。

 新一流の人の分け方−愛と憎悪のどちらに位置するか−で判断するに、今の新一は憎悪側に傾いたのか?愛に位置する人というのは、余力を持って人と相対しているわけだ。確かに、以前の新一は私を見下すようなところがありはした。

 しかし、今はどうだ? ライバル心剥き出しといった観ではないか。新一のアドバイス前に、事が運べている。他人との接触において多分に尻込みしがちだった私が、積極的とは言わないまでもキチンと対している。弟子が一人前になることは嬉しいが、一抹の寂しさも感じる。そういった心境なのだろうか。

 どうにも、そうとは思えない。‘可愛さ余って憎さ百倍’というじゃないか。言葉を交し合う相手が私しか居ない新一にとっては、憎悪の対象となってしまったのか。だとしたら、私は以前の私に戻りたいと思ってしまう。新一の憎悪の対象にはなりたくない。が、今の心地よさを失うということも辛くはある。

 思い出せ、思い出すんだ。以前の私は、どうだった? 新一との口論になると、決まって口をつぐんでいなかったか? 議論を交わすことから、逃げてはいなかったか? 新一の気性を知っているから? 恐ろしいことだけれども、新一を見下していなかったのか? 実のところは。

 パタパタという軽やかなスリッパの音で、ようやく新一の呪縛から逃れられた。昨日の回想から脱け出た。新一と別れてこの地に来て、穏やかな朝を迎えた私だ。空気の美味しさを、幾度となく繰り返す深呼吸で、堪能した。まるで故郷に帰ったかと錯覚させられる。

 ふと思った。
 気心の知れた者との、棘のある会話の中に見出す愛。そして又、他人との穏やかな会話の中に見出す冷たさ。新一に教えられる物事の裏表。知らずにいた方が、分からず終いの方が良いことも多々あるだろうに。

 夢を見ることしかなかった私が、その夢を実現すべく立ち上がる。その為の勇気を、新一から貰った。そして夢が現実となった時、確かに快感を得る。満足感に浸っている。幸福感に満ち溢れてもいる。がしかし、一瞬間去来する空白感をも、味わってしまう。

 青春の真っ只中にいる私の夢といえば、小さなことだと笑われるかもしれないけれども、やっぱり女性との交際につきる。遠くからじっと見ているだけの私が、夢見てはため息を吐いていた私が、当たって砕けろ! を。玉砕の憂き目にあったこともあるけれども、デートにこぎつけられたことも。

 二度三度とデートを重ねて、ゆっくりながらも階段を上がっていく。手を握ることでどぎまぎした初デート、二度目は相合傘で肩を抱き、そして三度目のデートで甘いキス。思いが達せられたと歓びに満ち溢れつつも、一瞬間過ぎる虚脱感。温かいぬくもりに包まれながらも、突如襲いくる空虚感。

 デートの間中、一瞬の翳りも見逃さない。そしてその翳りに、どれ程に心を痛めたことか。相手に見せる笑いの中に、どこか暗さといったようなものが現れ出ているらしい。そのニヒルさがたまらないという女性も居た。ネクラと称された眉間にしわを寄せる仕種が、今では男の顔だと称される。笑ってしまう、まったく。

 新一と出会う前のような暗さとは違い、どこか慇懃さがある、と思える。人間不信といったものではないと思うのだが。心の中に内在しているーでんと居座っている新一を、消し去る為の一人旅だ。別人格を育て上げて苦痛からの逃げ場を作ったことが、時に重荷となり障害となることに気付いた。遅かったかもしれない、或いは気付かぬままの方が良いのかもしれない。

 「朝食のご用意、よろしいでしょうか?」
 鈴とまではいかないけれど、それでもすがすがしい声で尋ねられた。
 「そうですね、散歩をしてきます。三十分ほどで戻りますから、その間にお願いします。」

 国道伝いに歩いていると、トラック類が引っ切り無しに行き交う。その間を肩をすぼめるが如くに、乗用車が走る。それにしても、排気ガスの臭いには閉口させられる。
 “平日なんだ、今日は。”
 気恥ずかしい気持ちから、俯き加減で歩いてしまった。

 車の流れが途絶えた折に国道を横切り、すぐの角を右に折れた。少し歩くと、水の流れる音が耳に入った。小川の水面に、美しい空の景を見つけた。キラキラと輝くその流れは、さながら銀の皿を並べた観があった。
 “銀の皿か、我ながら良い比喩じゃないか。”

 柵に身を預けて、自分の姿をその水面に映してみた。美しい空の景の中に自分の姿を見つけ、 “うん、好い男だ。”と、ほくそえむ。しかしどう考えても、余分だった。空の美しさに感動している自分の興を削いでしまう。

 山々に見え隠れする太陽の光を受けて、明るい世界の住人になっていた。全てのことに対し、まったく素直な自分に気付いた。素直さの中では、何もかもが肯定できた。何もかもが素晴らしい!心に安らぎを得たいと、レコードに映画鑑賞にそして読書にと血道を上げていたことが、今では、まやかしのように感じられる。

 それらのことで、一体どれ程の安らぎが得られたというのか。新一のひと言で、ガラガラと音を立てて崩れ去ったではないか。歓びに満ち溢れている時にかぎって、ひょっこりと顔を出す新一。なのに今、安心の世界にどっぷりと浸かっている今という時なのに、新一は現れない。

 新一を抹殺する━それを願う己と、それを阻止する己とが。まるで神と悪魔の代理戦争の如くに思えていた。そしてそのことに、どれ程の時と労力を費やしたことか。それが今、それら全てが心の外側に位置している。今は、踏みしめている大地に頬ずりする衝動に駆られている。この一瞬間の歓びを表したい。

 そしてそのまま跪き、イスラムの祈りのように、大地に接吻したい。ひんやりと湿った土から与えられるもの、そうだ。この匂いは、この香りは。お袋が毎朝作ってくれていた、味噌汁の香りだ。大きな背におぶさわれた折の、親父の汗の匂いだ。

 先夜の、恋人との諍い。行き違い。ねっとりとした熱い空気が体にまとわりついた夜のこと。不快指数100%だったあの夜のこと。minakoからの電話。

 「イマハラアイライノ、レテホレル?」
 異国語のように聞こえた、まるでロレツの回っていない声。時計を見ると、十時半を回っていた。休日前の夜は、普段ならば二人して食事している筈なのに。
 「今夜だけはごめんね。」
 手を合わせたminako。訳を聞くと、すまなさそうに苦し気な表情を見せたminako。

 minakoが指定した場所に行くと、女子高生らしき娘どもが、地べた座りしている。
 「あぁいうのって、嫌ね。」なんて言ってるminakoが、タクシーから降りるやいなや飛びかかってきた。酒臭い息が。体の中に入り込んできた。

 何度か引き離そうとしたけれど、がっちりと首に回された手がほどけない。
 “こんなに、力、強かったっけ?”
 それとも、本気で引き離す気がなかった?

 23歳の、minako。お姉さんの、minako。看護婦の、minako。くりくり目の、minako。少し団子っ鼻の、minako。おちょぼ口の、minako。可愛い、minako。

 「晩ご飯、なに食べた?」
 「さっき、なにしてた?」
 「どんなテレビ、見てた?」
 「お風呂、入った?」
 「どこから、洗うの?」
 「シャンプー、なに使ってる?」
 「トリートメントは、週なん回?」
 「−−−−−?」
 「*****?」

 矢継ぎ早の問いかけ。答える前に、次の質問が飛ぶ。右腕にしがみついて、しなだれかかるminako。時おり拳を突き上げて、そして嬌声を張り上げるminako。どうした? 今夜は。唯々、戸惑うばかりだ…。

 のらりくらりと歩く二人の目に、緑の木々が飛び込んでくる。チラホラと紅葉した葉が、実にきれいだ。が、立ち止まって見入ることはない。ぼくの急かす声に、動くminako。留まりたげなminakoの気持ちに気付いてるくせに、わざと意地悪するぼく。
 神社仏閣巡りの好きな、minako。閑静な場所が好きな、minako。付き合うぼくは、minakoにベタ惚れ?
 “も、もう一度言ってくれ。”
 “病院、変わるの。”
 “そうじゃないって、そんなことはいい!”
 “怒鳴らないで!”
 “どういうこと? どうするんだよ!”
 “どうするって…”
 “なんで、なんで、どうして…”
 “ごめんね、ごめんね。”
 “行くな、行くな!”

 そんな私の声を押し止めた新一、そんな私を叱った新一。
 「踊らされるな!」
「“自分を持て!」

 そしてminakoから届いた手紙。
 
 ・・くん。
 あなたを呼ぶときには、いつも「くん」付けでしたね。年下だったから、ついつい「くん」と呼んじゃいました。あなたの、男としてのプライドも考えずに。ひょっとしてわたし、あなたをあなたのことを見下していた?
 ごめんね…ごめんね…ほんとにごめん。もうすぐ二十四になる、minakoです。我が家では、家訓としてね、二十四には嫁入りすることになってるの。お母さまもお婆さまも、そして大お婆さまも。
 あなたがあの日…。いいの、いいのよ、もう。あなたは、まだまだ子どもだったってこと。そのことに気付かなかったわたし、でした。
 楽しい想い出をいっぱいありがとう。でも、悲しい想い出も作ってくれたわね。いいのよ、それも含めていい想い出になっています。今まで、ほんとにありがとう。もし、もしまた会うことがあったら、“よっ!”と、声をかけてね。そしたらわたし、“元気してた?”って、聞くから。旦那さまの前で、にっこりと微笑みかけてあげるから。

 そして書いてあった、詩。
=グデン・グデン=というタイトルが。

 わたしは今、とても酔っています。
         グデン、グデンの、泥酔状態です。
 わたしは今、とても淋しいのです。
         人恋しくて、人恋しくて、たまりません。
 わたしは今、とても泣きたいのです。
         ワアー、ワアーと、号泣したいのです。
 あのひとは今、どうしていますか。
          よっしゃ、よっしゃと、駆け上がってますか。
 あのひとは今、燃えていますか。
          ワッセイ、ワッセイと、囃し立てていますか。
 あの人は今、泣いていませんか。
         わたしを、わたしを、思い出してませんか。

 「申し訳ありません。もう一度、名前をお聞かせください。」
 「minako さんです。」
 「苗字は、なんと言いますでしょうか?」
 「最近、ひと月も経っていない最近に、勤め始めたはずです。」

 押し問答を繰り返して、多分三十分は経ったと思う。住所が分からない私は、奮発してタクシーに乗り込んだ。とても親切な運転手さんで、少ない情報しか持ち合わせていない私に、最大限の協力をしてくれた。無線を使って、他の運転手さんに呼びかけてくれたりもした。

 「kashiwara市で一番大きい病院だね? 市民病院ではないんだね。となると、あそこだな。kashiwara総合病院というのがあるんですよ、民間だけれども。公立病院じゃないわけよね。了解! すぐですから、ほんのニ三分で着きますから。」

 受付の女性もうんざり顔だが、私だってうんざりだ。どう説明しても理解してくれない。私に多少の非があることは分かる。うかつだった、確かに。お互い名前を呼び合う仲だったので、苗字を聞いていなかった。“実家の電話番号を…”と言われても、いつもminakoから連絡が来ていたから・・。

 「何科勤務なのか、分かりますか? それと以前の勤め先病院名は、分かりますか?」
 立て続けに質問される。それも意地悪な質問ばかりだ。私の知らないことばかりを問い詰める。どんな顔立ちかどんな性格か、そういったことは聞いてくれない。

 「23歳で、お姉さんで、看護婦さんで、くりくり目で、少し団子っ鼻で、おちょぼ口です。そうだ! アイドルのK、知ってますよね。あの娘に似てるんです。可愛いですよね、Kちゃん。」
 「それではちょっと、…待ってくださいね。」

 どういうことだ? 病院を間違えたというのか? 確かに、kashiwara総合病院の筈だ。手紙にそうあった。そうだった、手紙だ。手紙を見せれば良かったのに、失念していた。この内ポケットに入れて…、ない! ここにもない! そうだった。鞄の中だ、落とさないようにと入れ替えたんだ。」
「……ない!
 おかしいぞ、忘れてきたのか? 新一くん、ヒンヒシフン…ヒミ、ヒラナヒカ…?
「… …」
 そんな顔をしないでくれよ。声が、声が、壊れてるって…… 受付のあなた…そんな顔をしないで…よ…